7.父の日②
「クリスとうさま、ミカとうさま、いつもありがとう!これ、これあげる!」
夕食の前、改った様子で2人の名を呼んだソフィアに2人が顔を見合わせて近寄ると、ソフィアから2通の便箋が差し出された。便箋には拙い文字で2人の名前がそれぞれ記されている。
2人は大切そうにそれを両手で受け取ると、顔を見合わせて破顔した。開けても?というクリスの言葉にソフィアがうんと頷くと、2人はそれぞれもらった便箋を解く。中からは1通の手紙と1枚の絵が出てきた。
「ソフィア…、ありがとうございます。こんなに文字が書けるようになって凄いですね。とっても上手ですよ」
貰った手紙を見て、クリスは目を細めた。線がよれているものの、小さい手で一生懸命に書いたのであろうその文字からは2人に対する大好きの気持ちがひしひしと伝わってくる。手紙に書かれたいつもありがとうのたった8文字の言葉は、2人にそれ以上の意味を伝えていた。
「ソフィア、ありがとな。嬉しいよ。これ、俺たちを描いてくれたのか?上手に描けているな」
しみじみと広げた絵を見つめると、ミカエルはわしゃわしゃと近くにあったソフィアの頭を撫でた。いつもより力の強いその手から、ミカとうさまの喜びが伝わってきて、ソフィアは嬉しくなる。
2人は貰ったプレゼントを大事そうに抱えると、汚さないようにしまってくると言って、部屋を出ていった。
その間、ソフィアはサプライズが成功したことが嬉しくて1人笑顔で小躍りする。2人がリビングに戻ってきたところで、食卓につくとクリスが作った料理をみんなで食べはじめた。
「ねぇ、クリスとうさま」
もぐもぐと切り分けられたローストビーフを口にしながら、ソフィアはクリスの名前を呼ぶ。クリスは口に入っていたものを飲み込むとソフィアに優しい眼差しを向けた。
「なんですか、ソフィア」
「クリスとうさまのかぞくってなかよしだった?」
まさか自分の家族のことを聞かれると思っていなかったクリスは、ソフィアの突然の問いに一瞬戸惑った。
「私の家族ですか?…そうですね。比較的仲が良いほうだとは思いますよ」
その言葉にソフィアはそうなんだとほっとしたように笑う。そして、ミカエルに視線を向けた。
「ミカとうさまは?」
ソフィアの問いにミカエルは少し間をおいて答えた。
「…俺の家族はあまり仲が良い方ではないな。こうして家族でご飯を一緒に食べることもなかった」
「どうして?」
普段から温かい家族に囲まれて過ごしているソフィアには、仲の悪い家族というものが想像がつかない。こうして一緒にご飯を食べることがあたり前だと思っていたソフィアは、なぜご飯を一緒に食べないのか不思議だった。
「親は仕事で常に家にいなかったし、兄弟で顔を合わせると直ぐに喧嘩になるから、それぞれ自分の部屋で食事をしていたんだ。だから、あまり話す機会もなくてな。血はつながっているが、お互いのことを良く知らない」
そう語るミカエルの表情はどこか憂いを帯びていて寂しそうだ。クリスは彼の家庭事情を知っているために、聞いていて複雑な気持ちになった。
「さびしい?」
きっとソフィアも幼いながらにミカエルの感情を悟ったのだろう。悲しそうな顔でミカエルにそう尋ねた。
「昔は寂しかったが、今はこうしてクリスとソフィアが側にいてくれるから寂しくない。寧ろ、実家に関わらなくてすむ分、新しい家族で一緒に過ごす時間を大切にできるから悪くないとは思っている。まぁ、仲良くなれることに越したことはないけどな」
「そうなんだ」
2人の話を聞いたソフィアは何やら難しそうな顔で黙り込んでしまった。そんなソフィアの様子にクリスとミカエルは顔を見合わせる。
「ソフィア、何かあったのですか?」
クリスがそう尋ねるとソフィアはたどたどしく答えた。
「あのね。ナタリーおねぇさんのかぞくもあまりなかよしじゃないんだって」
ソフィアの言葉に、クリスはなぜソフィアが自分たちの家庭事情を知りたがったのか理解した。
「それでナタリーが寂しいと言っていたんですか」
「うん。ソフィア達がうらやましいっていってた。なかよしかぞくいいなって」
「そうでしたか」
「なるほどな」
ミカエルもようやく話の合点がいったらしい。どこも家庭事情は複雑だよなとぼやいていた。
「それでね、ならナタリーおねぇさんもソフィアたちといっしょにごはんをたべようってさそったの。ねぇ、クリスとうさま、ナタリーおねぇさんもごはんにさそっていい?」
普段この家に来客がないのは、純粋に招くより招かれることの方が立場上多いからだ。流石に毎日は無理だが、ナタリーなら偶に夕食を食べにくるくらい何の問題もない。
「私は構いませんが」
「俺も構わないぞ」
「ほんと!?」
きらきらと目を輝かせてそう尋ねるソフィアに、クリスは笑顔で頷いた。しかし、すぐに何かを考えるような表情に戻るとポツリと呟く。
「でも、それでナタリーの気持ちが晴れるとは思えませんね」
その言葉にソフィアはえっとクリスを見上げた。
「ナタリーおねぇさん元気にならない?」
「私たちはナタリーの家族にはなれませんから。余計に家族を思い出して寂しくなると思いますよ」
理想を目の前にした時、現実とのギャップを感じ苦しくなることは割と多い。ナタリーも、例えその時は楽しくても家に帰ってから自分の家族と比較し、さらに辛くなるのではないだろうか。
「まぁ、一番はその子の家族が仲良くなることだな」
ミカエルの言葉にクリスも頷く。それを見たソフィアはうーんと唸った。
「なんでかぞくなのになかがわるいのかな?」
ソフィアの疑問にクリスはそうですねと眉を下げた。どう説明しようか逡巡しているようだ。
「例え血が繋がっていても、家族は一人一人の人間の集まりですからね。一人一人生き方も考え方も違うんです」
「近い存在だからこそ、分かり合えないこともあるんだろうな」
それを聞いたソフィアはうーんと難しそうな顔で唸った。まだ幼い彼女には二人の言葉を完全に理解することはできないだろう。それでも、何か感じるものはあったようだ。
「かぞくってふしぎ。かぞくってむずかしい」
ソフィアの言葉に二人は視線を合わせると、ふっと息を漏らした。本人はいたって真剣なのだが、どうにも幼い外見と台詞の内容にギャップがあって微笑ましくなってしまう。
「ふふふ。そうですね。家族は難しいです」
「ああ。正解がないからな」
「でもね、正解がないからこそいいこともあるんですよ」
「…?」
そう告げたクリスにソフィアは不思議そうな視線を向ける。そんなソフィアにクリスはとびっきりの笑顔を向けて言った。
「正解がないから、自分たちに合わせた家族の形を作れるんです。私たちのようにね」
「そうだな」
彼の言葉にミカエルも同意するように深く頷く。
「時間はかかるかもしれませんが、ナタリーならきっと大丈夫ですよ。今の彼女は何も持たない無力な子どもとは違いますから。彼女なりの家族という形をきっと見つけられるはずです」
「ああ。ソフィアは気にせず、いつも通り接してあげるといい」
「わかった」
ナタリーおねぇさん、早く家族と仲良くなれるといいなぁと思いながら、最後の一口となったローストビーフを頬張るソフィアなのであった。