5.騎士団とお花見
「おはようございます。ミカエル副団長!」
「ああ、おはよう」
騎士団の訓練場へとやってきたミカエル達を真っ先に出迎えたのは、ミカエルの部下のアドルフという男性だった。癖っ毛の茶色い髪を遊ばせ、琥珀色の瞳で嬉しそうにミカエルを見る。視線をずらしミカエルの後ろにいたクラスとソフィアの存在に気づくとぱっと目を輝かせた。
「て、クリスロード薬室長とソフィアちゃんじゃないですか。今日、一緒だったんですね」
「おはようございます。レオンハルト団長にご招待いただいたので、お言葉に甘えようと思いまして」
クリスの言葉にアドルフはなるほどと頷いた。ソフィアはミカエルが持ってきた籠を指差しながら誇らしげにアドルフに言った。
「おはようございます!おべんとうつくってきました!」
「おはよう、ソフィアちゃん。えっ!そうなの!?お弁当?!それって僕達の分もある?」
「うん!たくさんつくったから、みんなのぶんもあるよ!」
にこにこ顔でそう答えるソフィアに、アドルフは目を輝かせた。
「よっしゃ!クリスロード薬室長の料理めっちゃ旨いから楽しみだなぁ。クリスロード薬室長の手料理を毎日食べられるミカエル副団長が羨ましいですよ」
アドルフの言葉にミカエルは不機嫌そうに答えた。
「…夫の特権だ。お前にはやらんぞ。今日が特別なだけだ」
「相変わらずの独占欲ですねぇ。ミカエル副団長は」
肩をすくめてそういうアドルフを見て、クリスはクスクスと面白そうに笑う。
「ふふ、喜んでもらえてなによりですよ。でも、今回は作ったのは私だけではありませんよ。ソフィアも一緒に作るのを手伝ってくれたんです。ね、ソフィア」
「うん!ソフィア、がんばった!」
「え!そうなんですか!ソフィアちゃん、凄いですね!なお一層食べるのが楽しみだなぁ」
アドルフに褒められてソフィアは嬉しそうに笑った。クリスはそんな様子を微笑ましように眺めながらアドルフに言った。
「アドルフ君には可愛いらしい奥さんがいるではありませんか。私の手料理などなくても十分でしょう」
「まぁ、可愛い妻がいるのは事実ですけど。…ほら、人にはそれぞれ適正があるというか…彼女はちょっと料理との相性が悪いというか…」
視線をそらしながらちょっと気まずそうにそう答えるアドルフに、クリスはなるほどと相槌を打った。誰もが必ずしも料理が得意というわけではない。クリスは幼い頃から料理をする習慣があったため料理に慣れている。だから味や素材の組み合わせが自然と分かるのだが、料理になれていない人だとそれが結構難しい。クリスも最初は母の作ったレシピを見ながら、そういった組み合わせを学んでいったものだ。
「よろしければ今度レシピをさしあげましょうか?奥さんと一緒にアドルフ君が作ってみれば良いのでは?簡単で美味しい料理も沢山ありますから」
クリスの提案にアドルフはぱぁっと目を輝かせる。
「いいんですか!ほしいです!レシピがあれば俺も作れる気がします!」
「では今度、ミカエルを通してレシピをお渡ししますね」
「ありがとうございます!」
よっしゃー!と嬉しそうに飛び跳ねるアドルフを、クリスは穏やかな表情で眺めていた。ふと、肩に温かい感触があり、視線をそちらへと向ける。見ればミカエルがクリスの肩に手を置きながらこちらをじっと見つめていた。その瞳には嫉妬がありありと見え隠れしている。クリスは呆れたように肩をすくませると、ミカエルにそっと耳打ちした。
「貴方には今度シトランタルトを作って差し上げますから。若い新婚夫婦を少し応援するくらい多めに見てください」
ミカエルは静かに頷くとクリスの肩から手を下ろした。そして騎士服のポケットに手を入れる。クリスは表情には出していないが、ミカエルが喜んでいるのが分かった。これはミカエルの感情を抑えているときの癖だ。
「よくきてくれたな3人とも。今日は楽しんでいってくれ」
ふと、背後から活気のある声が聞こえてきた。ミカエル達は声の方へ振り向く。そこには紅の短髪を揺らしながら、よっと手を上げている壮年の男性がいた。後ろには綺麗なドレスを身にまとった女性と襟付きのきっちりとした服に身を包んだ少年がついてきている。
「レオンハルト騎士団長!」
アドルフは嬉しそうにレオンハルトに向かって手を振った。クリスはレオンハルトが近くにやって来ると挨拶をする。
「お久しぶりです、レオンハルト騎士団長。本日はお招きありがとうございます」
「久しぶりだな、クリス殿。来てくれて嬉しいよ」
「団長、クリスロード薬室長が弁当を作ってきてくれたらしいですよ」
アドルフの言葉にレオンハルト騎士団長はおおと感嘆する。
「それは楽しみだな。クリス殿の手料理は美味いからな。こりゃ、取り合いになるだろうよ」
ガハハと笑う団長にクリスは笑みを浮かべる。
「ふふふ。今日はソフィアも手伝ってくれたんですよ。ほら、ソフィア。レオンハルト騎士団長ですよ。ミカとうさまが大変お世話になっている方です」
「こんにちは。ミカとうさまがいつもおせわになってます」
ソフィアの礼儀正しい挨拶にレオンハルト騎士団長は目を丸くした。そして、ハハハと豪快に笑いながらソフィアの頭を撫でて言った。
「おう!ソフィアちゃん!こんにちは。大きくなったなぁ。…随分と立派になっておじちゃんびっくりしちまったわ。ミカエルに見習ってほしいくらいしっかりしてるな」
「えへへ。ありがとうございます」
「…」
褒められて嬉しそうなソフィアと、娘を見習えと言われ複雑そうなミカエル。クリスは団長にそう言われているミカエルがおかしくて肩を震わせた。しかし、ミカエルが睨んできたので笑うのを辞め、咳払いでごまかす。
「お前たちに紹介するのは初めてだな。妻のアマリアと息子のロレンソだ。仲良くしてやってくれ」
レオンハルト騎士団長の紹介に、彼の後ろにいた女性と男の子は一礼する。
「夫がいつもお世話になっております。お二人のご活躍は夫から聞いておりますわ。これからも夫をよろしくお願いいたします」
「よろしくおねがいします」
二人の挨拶にミカエルは相変わらずの硬い表情で、一方のクリスは穏やかな笑みを浮かべて返した。
「こちらこそ夫夫共々騎士団長には色々とお世話になっております。騎士団長からお二人の話はよく聞かされていましたので、いつかお会いしたいと思っていたところです」
「お会いできて光栄です」
それぞれの挨拶が済んだところで、レオンハルト騎士団長はロレンソをソフィアの近くまで連れてくるとソフィアに視線を合わせて言った。
「ソフィアちゃん。家の息子と友達になってやってくれないか。ソフィアちゃんとちょうど同い年なんだ」
「はい!ソフィア、おともだちふえるのうれしいです!よろしくね、ロレンソくん!」
ソフィアがそう言って手をロレンソに差し出す。ロレンソは渋々と言った様子でソフィアの手を取り言った。
「しかたがない。そんなにともだちがほしいなら、ソフィアのともだちになってやる」
その言葉にレオンハルト騎士団長は盛大なため息をつく。
「はぁ。ごめんね、ソフィアちゃん。俺が甘やかしすぎたせいで、ちっと皮肉れて育っちまってよ。これはこいつの照れ隠しだから気にしないでくれ。ソフィアちゃんが可愛くて照れてんだよ、こいつ」
「なっ!てれてない!べつにかわいいとかおもってない!」
レオンハルト騎士団長の言葉にロレンソは嚙みついた。それに対しレオンハルトはいや、照れてんじゃねーかと突っ込む。しかし、ロレンソは頑なにそれを否定し続ける。ソフィアは目の前の親子が繰り広げるやり取りを不思議そうに見つめていた。見かねたクリスがソフィアの肩にぽんと手を置きながら、団長に向かって言う。
「団長、そろそろお花見を開始しませんか?皆さん、お腹が空いているでしょうし」
「…ああ、そうだな。よし、野郎ども花見を始めるぞ!準備をしろ!今日は無礼講だ!思う存分花見を楽しめ!羽目は外しすぎるなよ!子供もいるからな!」
「「うっす!」」
その後、花見は大盛況で終わった。ソフィアが握ったおにぎりは好評で、全てきれいさっぱりなくなった。酒に酔ったミカエルとレオンハルト騎士団長が途中から家の子凄いと自慢話大会で盛り上がったのはまた別の話である。