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3.クリス父様の職場とソフィアのお仕事

「おはよーございます!」


 平日の朝、いつもどおりソフィアが元気よく挨拶をしながら部屋に入ると、水色の長い髪をひらめかせた女性が笑顔で振り返った。


「おはよう、ソフィアちゃん。クリス室長もおはようございます」

「おはようございます。ミシェル。今日もソフィアのことよろしく頼みます」


 クリスは持ってきたソフィア用の鞄をミシェルの近くにあるテーブルに置くと、ソフィアに着せていた外套を脱がせる。そして、外套をクローゼットに手早く掛けると、自分も着ていた外套を脱いだ。


「任せてください。ソフィアちゃん、凄く熱心に手伝ってくれるからいつも助かってます。ほんといい子ですよね」

「えぇ。本当に。自慢の娘です」


 ミシェルがソフィアを椅子に座らせながらそう言うと、クリスは白衣を着ながらそう誇らしげに言った。そんなクリスの様子にミシェルは面白そうに笑みを溢す。


「クリス室長も大概親バカですね」

「親なんて皆んなそんなもんですよ」


 クリスはそう言うと、部屋の奥の扉の中へと消えていった。ソフィアはミシェルを見上げ、いつものように尋ねる。


「ミシェルおねぇさん、きょうはソフィアなにすればいい?」


 そんなソフィアの質問に、ミシェルはニッと口角を上げるとソフィアに言った。


「実はね、絵の上手なソフィアちゃんに頼みたいことがあるの」

「おえかき?それならソフィアとくいだからまかせて!」


 ソフィアは絵が描くのが大好きだ。絵が描けると知ってテンションが上がった。そんなソフィアを微笑ましそうに見ながら、ミシェルは棚から両手で木箱を取り出しテーブルに置く。


「ありがとう、助かるわ。…ソフィアちゃんにはこれに絵を描いてほしいの」

「これは…?」


 ミシェルが箱を開けるとそこには小さく切り分けられた白い紙が大量に入っていた。


「これはね、お薬を包むのに使う紙なの。ソフィアちゃんにはこの紙の表側に見ていて元気になれそうな絵を描いてほしいの」

「げんきになれるえ…?」

「うん。ソフィアちゃんと同じ年くらいの男の子が病気でね、毎日このお薬を飲まなきゃいけないの。でも、このお薬はねすっごーく苦いの。大人でも嫌がる人が多いくらい苦いお薬。でもね、その子はね嫌だと言わずに毎日お薬を飲んでくれているのよ。すっごいいい子なの」


 ミシェルの話を聞いて、ソフィアはこの間風邪を引いて薬を飲んだ時のことを思い出した。すごく苦くてソフィアは飲むのが嫌だったのだが、クリス父様が飲まないと元気になれないからと悲しそうな顔で言うので仕方がなく飲んだのだ。あの時の薬の苦さを思い出し、ソフィアは思わず顔をしかめる。


「ソフィア、おくすりきらい…。まいにちのんでるのすごい…」

「でしょ?残念ながらお薬を甘くしてあげることはできないんだけど、少しでも飲むのが楽しくなるようにはできるなと思って。こうやってお薬を包んでいる紙に絵とメッセージが描いてあったらちょっと嬉しくない?」


 ソフィアはかつて薬の包装紙にクリス父様がソフィアの大好きなウサギの絵を書いてくれたことを思い出した。薬を飲んだ後、そのウサギの絵を見つけてテンションが上がったことを思い出す。それはいいアイデアかもしれないとソフィアは思った。


「うん!うれしい!わくわくする!」


 目を輝かせたソフィアを見て、ミシェルは嬉しそうに頷いた。


「ね!メッセージは私が代筆するからソフィアちゃんは男の子が喜んでくれるように絵をここに書いてほしいんだ。お願いできるかな?」

「うん!まかせて!ソフィア、いっぱいおえかきする!」


 小さい拳を握りながら気合の入った返事をするソフィアに、ミシェルは微笑んだ。よしと気合を入れると、机にペンとクレヨンを広げる。


「ありがとう。ソフィアちゃん。じゃ、さっそく作ろうか!」

「うん!」


 ソフィアとミシェルは和気あいあいと話をしながら、沢山の紙に絵とメッセージを書いていった。どうやらこれを飲む男の子は、クリス父様が担当している患者らしい。大好きな父親の役に立てると聞いて、ソフィアは更に気合がはいった。途中で休憩をはさみながらも、陽が沈む頃にはかなりの包装紙に絵を書くことができたのだった。


 就業の鐘が鳴るとクリスは奥の部屋から出てきた。テーブルに広げられたソフィア達の描いた絵を見て、驚きの声をあげる。


「…これは随分と頑張りましたね、ソフィア」

「クリスとうさま!」


 嬉しそうに駆け寄ってきたソフィアを抱き上げながら、クリスは机に置かれた一枚の包装紙を手に取り、書かれた絵をまじまじと見る。輪郭はいびつではあるが、そこに書かれているのがウサギであることは容易にわかった。決してうまいとは言えないが、見ていて不思議と元気をもらえるのが子供の絵の神秘である。


「ソフィア、たくさんおえかきしたの!…おとこのこ、よろこんでくれるかな?」


 目をキラキラさせて自分を見上げてくるソフィアの頭をクリスは優しく撫でる。これに包まれた薬を飲むであろう少年の姿を思い浮かべながら、クリスはソフィアに微笑んだ。


「ええ。きっと喜ぶと思いますよ。ありがとうございます、ソフィア」

「えへへ。どういたしまして。…おとこのこ、どれくらいおくすりのむの?」


 クリスは少し難しい顔をしながら、ソフィアの質問に答える。


「…少なくとも2年はかかりそうですね」

「ええ!そんなに!?2ねんかん、まいにち?」


 3日でも薬を飲むのが辛かったソフィアにとって2年間毎日薬を飲むなど、考え難いことだった。目を丸くさせるソフィアに、クリスは眉を下げながら頷く。


「ええ、毎日です」


 ソフィアは苦い薬を毎日飲み続ける男の子の気持ちを考えると悲しくなった。2年間も苦い思いをし続けなければならないなんてあんまりだ。ソフィアはその男の子が早く元気になるよう応援してあげたい気持ちになった。そして、あることを思いついた。


「ソフィア、おとこのこのために2ねんかん、これにおえかきする!」


 その言葉にクリスは眉を上げてソフィアを見る。


「…いいんですか?結構な量になるので大変だと思いますが…。本当にソフィアは優しい子ですね」


 確かに、ここには毎日来るわけではないし、一日3回飲む薬なのでまとめて書くと結構な量になる。でも、これを毎日飲む男の子の苦しみに比べたら、これくらいの苦労は大したことないようにソフィアは思った。


「だって、おとこのこがんばってるもん。ソフィア、おうえんする!」

「きっと彼も喜びますよ。あなたの書いてくれた絵は、私が責任を持って彼に届けますね」

「うん!」


 クリスはソフィアをゆっくりと床に下すと、ソフィア達が作った包装紙を大切に箱にしまうのだった。


※※※


「ただいまー!」


 クリス父様と手をつなぎながら家に帰ってきたソフィアは元気に挨拶をしながら玄関を上がる。すると、先に帰宅していたミカエルが2人を出迎えに来た。


「おかえり」

「ミカとうさま!」


 勢いよくミカエルに飛びついてくるソフィアを受け止めながら、ミカエルはクリスに視線を送る。視線が合うとクリスは嬉しそうに微笑み返した。


「おかえりなさい、ミカエル。先に帰っていたんですね」

「ああ、今日は珍しく仕事が早く終わったんだ」

「そうでしたか」


 騎士のミカエルは基本的にクリスよりも帰りが遅いことが多い。ミカエルが出迎えてくれるのはクリスにとって新鮮だった。


「ミカとうさま!あのね、きょうソフィアねたくさんおえかきしたの」

「そうか、それはよかったな」


 嬉々として今日あった出来事を話し始めるソフィアに、ミカエルは頬を緩ませながら耳を傾ける。しかし、途中でソフィアの口から聞き捨てならない言葉が飛び出し、ミカエルは固まった。


「うん、おとこのこのためにソフィアすごくがんばったの」

「…おとこのこ?…ソフィア、その話詳しく聞かせてくれないか?」


 ソフィアは気づいていないようだが、クリスにはわかった。ミカエルが男の子という単語に過剰に反応し、聞き出そうとしている理由が。


「うん!」


 リビングで夕食を囲みながら、ソフィアは病気の男の子についてミカエルに話した。表面上はそうか、と穏やかに話を聞いているミカエルだが、握られている鉄のスプーンは形が変形している。ソフィアが寝た後、「遂に娘に好きな相手が…」と落ち込むミカエルをクリスが慰め続けたのはまた別の話である。

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