2.父様とお風呂
「ミカとうさま、いっしょにおふろ、はいろ?」
「ああ、いいぞ」
4歳のソフィアは一人でお風呂に入れない。そのため、必ずどちらかの父様と一緒に入ることになる。基本的にミカエルの方が仕事の都合でソフィアと一緒にいれる時間が少ないため、ミカエルがソフィアをお風呂にいれる担当になっていた。
ミカエルにとってこの時間が一日の中で一番の楽しみだったりする。ソフィアと沢山お話できるし、何より一緒にお風呂に入れるのは今の時期だけだからだ。職場には子育て経験のある上司が沢山いて、彼らは口をそろえて女の子の成長は早いと言う。直ぐに父親とお風呂に入るのを嫌がるようになるし、父親に対しキモいだの臭いだの言うようになるというのだ。愛しい愛娘に臭いなどと言われたら、ミカエルは立ち直れない確信がある。本当は毎日、ソフィアがお出迎えでぎゅっと抱き着いてくるのも、いつ父様臭いといわれやしないか内心ビクビクしているのだ。とにかく、今のミカエルにできることはできるだけソフィアの自分への好感度を上げ、こうやって一緒に過ごせる時を胸に刻み込むことだけであった。
「よし、流すぞ。お目目ぎゅっとしてろよ」
「うん!」
ミカ父様に言われたようにソフィアは目をぎゅっと固くとじた。いつも頭を父様達は洗ってくれるのだが、丁寧で目にかからないように器用に流してくれるクリス父様と違って、ミカ父様は豪快で油断すると目に水が入ってくるのだ。何度もそれで痛い思いをしているソフィアは、痛い思いをしたくないので物凄く目に力を入れて頭が洗い終わるのをジッと待つのだ。あまりに力を入れすぎて面白い顔になっているのを本人は知らない。その顔を見て、ミカエルが肩を震わせているのも勿論知る由もない。
「さ、おわったぞ。父様もすぐに洗い終えるからちょっと待っててくれ」
「うん」
ミカエルは秒速で自分の髪と身体を洗い終えると、ソフィアとお風呂から出て、ソフィアの身体を拭いた。湯冷めしないようにしっかり服を着せると彼女の頭にタオルを巻く。そして、浴室の扉を開けた。
「よし、これで終わりだ。あとはクリス父様のところに行って頭を拭いてもらいなさい」
「はーい!」
たったったとクリスの元に駆けていくソフィアの後ろ姿を見送りながら、ミカエルは自分の身体を拭き始める。ソフィアの身体を拭くときはあれほど丁寧だったのに、自分の番になると途端に雑になる。さっと拭いて寝間着を羽織ると、まだ湿った頭のままで浴室を後にしたのだった。
「ソフィア、眠いのならもう寝てしまいなさい」
「ん~」
おいしいものを食べて、温かいお風呂に入ったソフィアは、クリス父様がタオルで頭を拭いてくれている心地よさもあって、瞼がとろんとしていた。かくんかくんと前後に動く小さな頭にクリスはさっと水分を拭き取ると、寝室で寝るように促す。しかし、まだまだ父親二人と一緒にいたいソフィアはその場から動きたがらない。
「ほら、ソフィア。俺と一緒にベッドへいこうな」
ほぼ眠りかけているソフィアをミカエルは軽々と持ち上げると、寝室へと向かった。
「…ミカエル、遅いですね」
ミカエルがソフィアを寝かしつけるために寝室に向かってから15分くらい経った。しかし、未だにミカエルが戻ってこない。
クリスは寝室の扉の音を立てないように気を遣いながら開けた。そこには案の定、ソフィアと一緒になって眠りについているミカエルの姿があった。
ソフィアは眠るとき、無意識に胸に頭を埋めてくる癖がある。そうなると自然と身体が密着した状態になるのだが、子ども特有の高い体温は寝かしつけているこちらの眠気を誘ってくるのだ。ただえさえ体力仕事で疲れているため、横になるだけで瞼が重くなる。そこに子どもの体温がくるともうダメである。かなりの確率で眠ってしまうのだ。
「おやすみなさい、ふたりとも…」
クリスはくすりと笑いながら静かに扉を閉じたのだった。