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1.父と父と娘と

「ソフィア。そろそろご飯にしますからテーブルを片付けてください」

「はーい!」


 お肉の焼けるいい匂いがリビングに漂う。お腹が空いていたソフィアはクリス父様(とうさま)の掛け声に目を輝かせた。目の前に散らばっていたクレヨンを急いで箱へとしまう。先ほどまで描いていた渾身の力作はどうしようかと悩んで、とりあえずソファーのクッションの裏にしまっておいた。


「きょうのごはんはなぁに?」


 夕飯の支度をするクリス父様の隣にやって来たソフィアは、キッチンの縁に捕まりグイっと背伸びをした。齢4歳のソフィアにはこの家のキッチンは大きすぎるのだ。やっとの思いで背伸びをして、お皿に茶色い塊がのっているのが見え、今日の献立が何かを知る。


「わー!ハンバーグだ!ソフィア、ハンバーグだいすき!」


 お腹を空かして待ったかいがあったとソフィアは思った。クリス父様の作るハンバーグは、甘みがあっておいしいのだ。あまり人参が好きではないソフィアであったが、ハンバーグに入っている人参はおいしく食べられた。クリス父様もハンバーグであればソフィアが人参を食べられることを知っていて、よくハンバーグを作ってくれるのだ。



 今にもよだれを垂らしそうな勢いでお皿に釘付けになっているソフィアを、クリスは微笑ましい目で見る。皿への盛り付けも終わり、子ども用の皿をソフィアに渡した。


「さ、これを向こうまで運んでください」

「うん!」


 テーブルに全ての皿を並び終えたところで、玄関の方から扉をあける音がした。それに気づいたソフィアとクリスはお互いを見合うと、玄関へと移動した。


「おかえりなさい!ミカとうさま!」

「ただいま。ソフィア」


 駆け寄ってきたソフィアをミカエルはさっと掬い上げ持ち上げ抱き上げる。ソフィアは伸ばした腕をミカエルの首にかけ、ぎゅっと抱き着いた。そのまま首筋に鼻先をうめる。ちょっと鼻につく香ばしい匂いがソフィアの鼻孔をくすぐった。汗臭い自覚があるミカエルは、そんなソフィアの行動にちょっとドギマギする。だが、娘の嬉しそうな顔を見ると辞めてくれとは言えなかった。


 いつものように娘と一緒に自分を出迎えに来た夫は、嬉しそうに自分に抱き着いてくる娘を苦笑しながら見守っている。彼も同じ男としての気持ちが分かるのだろう。ふと目があい、彼が微笑んだ。


「おかえりなさい、ミカエル。夕飯ができています。早く着替えて食べましょう」

「ただいま。ああ、そうだな…ソフィア、クリスと先にリビングへ行って待っててくれ」


 はがされてちょっと不満そうなソフィアをクリスへと渡すと、ミカエルは寝室へと向かった。一日の仕事で汚れた服で家の中をうろつくのは憚れるのだ。それに仕事柄、毎日着ている制服はぴちっとしていて、家でくつろぐのには適さない。それ故、帰ってきたらまず部屋着に着替えるのがミカエルの日課だった。


 ミカエルがリビングへと戻ると、既にテーブルには料理が並べられ、クリスとソフィアが席についていた。ミカエルの姿に気づいたソフィアは、早く早くと言わんばかりに目を輝かせている。目の前の大好物に待ちきれないのだろう。


 ミカエルが速足に席に着くと、ソフィアは勢いよく手を胸の前に合わせた。それに倣い、二人の父親も手を合わせる。


「いただきます!」

「「いただきます」」


 ソフィアの隣に座っていたクリスはさっとナイフを手に取ると、ソフィアの皿にのったハンバーグを一口サイズに切り分けていく。こういう細やか気遣いができるのがクリスの魅力だ。男だらけの家庭で放任されて育ったミカエルにはこういう芸当はできなかった。クリスには年の離れた妹がおり、幼少期から面倒を見ていたそうだ。なので子育てに感してはミカエルよりもクリスの方が詳しかったりする。勿論、だからといってクリスに全部任せるつもりはないし、ミカエルもできることはやっているつもりだ。それでもこういう細やかなところは、クリスには敵わないなと思うミカエルなのであった。


「おいひい~!」


 もぐもぐと嬉しそうにハンバーグを頬張るソフィアを見て、クリスは口角を緩めた。年齢の割には大人びているソフィアではあるが、そこはまだまだ4歳。食べられないものも多く、満遍なく栄養を取らせるのは至難の業だ。どうやればソフィアが美味しく料理を食べてくれるのかを考えるのがクリスの楽しみだった。色々と試行錯誤をしながら作る分、こうやってソフィアが喜んで食べてくれる姿を見ると、クリスも嬉しいのだ。


「ほら、ソフィア。口元にソースがついてますよ。まったく、…こっちを向いてください」


 口周りを汚さず綺麗に食べるのが難しいお年頃。クリスはそれが分かっているので常にソフィアの口を拭く布を食卓に用意していた。むぐむぐと大人しくクリスに口周りを拭かれるソフィア。そんな様子をミカエルは笑いながら見ている。


 ソフィアはあちこち汚しながらも今日の夕食をきちんと食べきった。しっかりとごちそうさまをしたソフィアはクリスに連れられてソースで汚れた手を洗いにいく。ミカエルはそれを苦笑しながら見送ると、食卓の皿を片付け始めるのだった。

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