マザコンと云われたくない
アダムスの息子等は、おのれのイヴを求める_
イヴならしめるは何かと摸るとき_
順接のかたちでも逆接としてでも_
我れたらしめたイヴが喚起されるのは_
ことわりの中である。
自分の理想の女性は、芸能人で云えば吉永小百合さんだ。
“親世代の憧れの人を何故”と彼女が訊いた。
彼女は高校の後輩で初めて相思相愛になった女だ。
課外活動を通じて知り合い、同じ電車に乗り合うことが多く、他にも共通テーマが何等あり。気付けば行動をよく共にしていて付き合うように為った。
文学少女の部分は、其れに遠く無かったかもしれない。
“ しかし初めての相手とは結ばれない、と云うじゃないか? ”
彼女自身にもそうと言って於いた。予め、という訳では無く一般論として話してあった。
初恋とは結婚には至らず、最初から成就しないと決まっている様なもの、と。
彼女を家に招いた。家の者が出払う休日を選び留守に来させた。
自分の部屋を見せたいのもあった。学校や他所と異なった雰囲気で話したいのもある、蜜のときを過ごしたかったのも、だ。
だが口づけを交わす間もなく、家人が帰宅する。
門戸が開く音がして焦った余り、彼女に隠れている様に言ってしまう。何とか事無くして脱出させるから、と。
そして各々が部屋へ入るのを見計らって外に逃がした。
去り際に、母の反応は如何だったか?と問われた。
靴が脱ぎ捨てられていたが挨拶も出来ない子?と言っていたことを伝えると、
“ 誰のせい、言われるまま従ったのに ”
“ 私が隠れて会わないといけない、恥ずかしい対象みたいじゃない ”
と、泣き目で憤慨された。
紹介するには早々だったし、するならば正式なものとしたい。唯それこそが理由だったのに……確かに、其れが遠退いたのは自明だったが。
刻は流れて、彼女は自分の初めての女に為った。
その前にも、その後も多々あったが之は別のはなしで、自分達は一層甘く語り合い戯れあった。
更に月日は流れ、受験時節となり、母から決め事を言い渡される。受験が終わる迄は交際相手に会うな、と。
翌日の帰途のホームにて、これを彼女に伝える。
言葉を失い、眼に衝撃と動揺が浮かんでいた。自分もあとの句が出ない。
「……で、どうするの?もう会わないの?出来るの?貴方はそれでいいの?」
「仕方無いよ……」
「お母さんに言われれば、そうするのね」
「間違った事は言ってない。今は学業が本分なのはその通りだろう?結果が出る迄の数ヶ月会わないだけだよ」
「お母さんから言われた為じゃなくて。貴方がそう決めたから。……別れましょ」
声には、落胆と怒りと諦めと侮蔑が聴いて取れた。
“別離など望んでない、振りだけで良いじゃないか、考え直してくれ……”
泣いて頼んだが、今回は聞き入れられること無く、二人は別れた。
“お母さんが一番なんだから望むように見せてけば。私は代わりに成れないし、そんなのなりたくもない”
彼女が最後に言った言葉。
自分の理想の女性は、吉永小百合さんだ。
何故と問われれば、そう。母のイメージがそこに在るから、と答えよう。
だからと言って、“貴方はマザコンだ”、と決めつけるのか?
違う、自分は至って常人だ。