シミュラクラ
朝。彼の部屋。
目を覚ましてまず見えたのは天井の染みだった。まっ白な天井に浮かぶ、なぜか彼そっくりに見える顔の形をした染み。私はまっすぐに右手を伸ばす。掛け布団がハラリと落ちて肩が剥き出しになる。
横の塊がこちらに向かって寝返りを打つ。目の前にくる顔。天井の方には触れられそうにないから、そっちの方に手を伸ばす。額。目元。頬。触れているとぼんやりと目が開いて、私を認識して、目元に笑い皺が寄る。
「何してるの?」
問われて天井を指さすと彼は「ああ」と言った。
「あの染み、君の顔に見えるよね」
私は首を傾げる。
「私じゃなくてあなたの顔でしょ」
「え、君でしょ。僕はいつもこの部屋の天井を見ながら君を思い浮かべるんだよ」
「私はいつもこの部屋の天井を見ながらあなたを思い浮かべるのよ」
二人で黙って天井の染みを見つめる。同時に吹き出す。
私は言う。
「普通さ、天井の染み見て、恋人の顔なんて思い浮かべないよね」
彼は返す。
「そうだね、それって中々失礼な話だよね」
私は目尻の涙をぬぐう。
3つの点が集まった物体を顔として認識する。
この現象はシミュラクラと言うらしい。
私たちのシミュラクラはきっと変わってる。でも、それでいいと思えた。
また目尻に寄っている彼の笑い皺にそっと手を伸ばして、ベッドの上、私たちは裸でケタケタ笑い合った。