語彙力
窓から飛び降りた時よりもはるかに強い引力で何かに引き寄せられ、あらがうことなど到底できず、俺は気づけば知らない世界にやって来ていた。
「なんだ・・・・ここ・・・。」
目の前に広がるのは真っ白な世界。
何もない。
音も人も色も匂いも。
何も・・・。
「なんだここ・・なんなんだよ・・・。」
発した声はすぐにどこかに吸収され消えていく。
「お前はバカなのか?もっと他に感想があるだろう。
さっきからその聞くに耐えぬ乏しい語彙力は・・。」
声のする方をバッと振り向くと、さっきの女が腕を組んで隣に立っていた。
「なっ!お前!!」
「お前ではない、サリーだ。」
「だから色々とどうなってんだよ!早く説明しろよ!」
「全くとんでもなく口の悪い子だねお前は。
まあちょうどいい・・・そろそろ塞いでやろうか。」
「は?!塞ぐってなに・・ふざけ・・。」
気づくと本当に唇が塞がれていた。
俺の唇には女の唇がしっかりと当たっている。
思わず固まる自分の体とは対照的に、唇はとても柔かい。
これが世にいうキス・・。
「あはは!これぐらいで真っ赤になるとはなかなか可愛いところもあるのだな!」
「うるせえ急に何しやがる!!!」
「照れなくてよい。少し私の力を分けただけだ。
しかし思った以上に力を吸い取られたな・・・。私の力をそれだけ受けてピンピンしているとは。
あの時助けたのは運命やもしれん。」
「だから・・てめえ何言って・・・。」
「さあ・・ここからが本番だ。
来るぞ。」
「来るって何がだよもう、いい加減説明を・・・!」
女につかみかかろうとしたところで突然何もなかった空白の世界に無数の穴が開いた。
無数の穴から這い出てくる鎧を着た兵士達。
なんだこれ・・・何が起こってる・・・。
「奴らの狙いはお前だ一朗。」
「だからなんで俺が狙われて・・・。」
「あっちの世界の人間だからだよ。
臆するな奴らに中身はない、ただの鎧だ。」
女が右手をかざすとそこから黒煙のようなものが現れ鎧の周りに絡みつくように充満する。
そして数秒後には全ての鎧の首を吹き飛ばしてしまった。
女の言った通り鎧の中は空っぽだった。
首を飛ばされた数え切れない程の無数の鎧は次々に消えていく。
そしてまた真っ白な世界に戻ってしまった。
「追手はまたすぐに追ってくるだろうがとりあえずは安心したまえよ。
お前の望んでいた全ての説明はお前の世界に戻ってからするとしよう。」
「だから・・・本当にずっと言ってる意味が分からないんだって・・・。
お前は何なんだ・・・。」
「さっきから言っているだろう。馬鹿め。
この世界の魔王だ。」
女に右手を握られた瞬間、身体中の細胞が湧き立つ感覚とともに、俺はいつものあのしょうもない世界にもどってしまった。
しかも何故か誰も入れないはずの高校の屋上にいた。