寂れた王国
「よくぞ参った。そなたが我が国を救う救世主か。」
訳も分からず大柄の男達に連れて行かれた先は、何の変哲も無い小さな小屋だった。
小屋の中には、似つかわしく無い大きな玉座が一つおかれているだけで、そのほかには何もなかった。玉座には老人が鎮座しており、扉を開けるないなやこちらに向けて語りかけてきた。老人の身なりは小綺麗には整えられてはいるものの、玉座には不釣合いで明らかに異質だった。
俺が老人を無視し続けていると、老人は玉座から立ち上がり俺の周りをぐるぐると舐めるように観察し始めた。
「なんだ。」
流石に気味が悪くなった。老人は少し驚いたように軽く仰け反る。
「いやいやすまない、随分と前のやつらと服装が違うのでな。少し戸惑ってしまったのだよ。」
服装。今まで気にも留めなかったが、俺の服装は生前最後纏っていたそのままだ。ボロボロのローブに殺した兵士から奪い取った軍服。俺自身もこいつらの事をとやかく言えた義理ではなかった。
それよりも気になったのはそれより「前のやつら」という言い回しだ。ここが死後の世界ならば1日に15万弱の人間がこの世界を訪れているはずだ。それをわざわざ「前のやつら」などと言うだろうか。
「前の奴らって誰だ?ていうかそもそもここは何処なんだ。」
老人は首をかしげると兵士たちの方を見渡す。しかし誰も老人と目を合わせようとしない。老人はため息をついて、玉座に座り直す。すると先ほどまでとは一転、深妙な面持ちで話し始めた。
「そうか、説明を受けなかったのか。ならば話さねばならんな。この世界の実状とお前を呼んだ理由について。」
俺をここまで連れてきた兵士たちがバツが悪そうに違いに目を見合わせていた。何かある。俺は瞬時にそう判断した。この世界…。呼ばれた…。ここは死後の世界ではないのか。
「ここはアルクベルグ王国、私は第166代国王メルヴィス・アルクベルグだ。国王とはいっても昔の話だがな。」
アルクベルグ。聞き覚えのない国だ。もしここが仮に死後の世界ならば、差し詰めこいつが閻魔大王と言ったところか。しかし、俺を裁こうと言う気配がまるで感じられない。それに道中で見た中世の西洋ような作りの建物。あまりにもメルヘンすぎる。
俺は老人の話に割って入った。
「ちょっと待て、俺は死んだはずだ。それに俺は各国を渡り歩いて生きてきたが、アルクベルグなどと言う国は聞いたことがない。それにこの汚ならしい街が王国だと言うのか。」
「落ち着け若人よ。突然の事態に慌てる気持ちもわかるが、最後まで話を聞け。」
正気を保っていたつもりだったが、老人に咎められ始めて自覚した。俺は、焦っている。この意味のわからない状況になのか、「死」という概念になのかはわからない。けれど冷静を保てていないことは事実だ。
「俺は死人だ。死人が向かう場所など一つしかない。ここが地獄でなければ一体何処だと言うんだ。」
不思議と自覚していても口数が減らない。口先だけが別の生物のように頻繁に形を変える。
老人は何も言わずに右手を掲げる。するとそれが合図かのように、入り口近くにいた兵士が俺を取り囲むようにして一斉に抜刀した。
「おい、どういうことだ。死人相手に脅しだなんてセンスがないな。」
老人は再びため息をつく。もうこの時すでに俺の中で答えは出ていた。
「話は最後まで聞けといっておるだろう。そなたはまだ死んでおらん。それにここは死後の世界でもなければそなたが生きた世界とも違う。今彼らが剣を振るえばそなたは今度こそ確実に死ぬ。どうだ、これでは話を聞いてくれる気になったか。」
“俺は死んでいない”
不思議と老人の言葉と俺の結論とが合致した。そうだ、この焦りは「自分が死んでいない」という紛れもない事実に対する焦りだったのだ。
けれど確かに俺は味わった、事切れる感覚を、脳天を貫かれる感触を。
なら、”なぜ俺は生きているんだ”
額にはじっとりと汗が滲み出し、呼吸が荒くなった。
不安と疑念だけが山のように積み重なっていく。けれどこの現状を打開する策は今の俺にはない。こいつを信用するしかないのか。
「わかった。話は最後まで聞こう。その代わりくだらない話なら帰らせてもらう。」
老人は右手を下ろし、椅子に座り直した。
「まったく、最初からそう言っておるだろう。もっとも、そなたに帰る場所などないがな。」
兵士達は剣を鞘に収めると代わりに椅子を運んで来た。
「そなたには全てを話そう。座れ、長くなるのでな。」
いちいち癪に障る老人だ。俺はぶっきらぼうに腰掛けた。
この話が俺のその後を大きく左右するとも知らずに。




