崩壊の彼方へ
高台の上から、すっかり荒野に成り果てた住宅街を見つめ、俺はあの日のことを思い出していた。荒れ狂う雨に打たれながら一人彷徨っていた。行く当てもなければ、目的もない。自由とはこんなにもむず痒いものなのかと初めて思い知らされた。結局、どこまでいっても俺の世界は鉛色なんだ……。
「カイトさん、右です!なにぼっとしてるんですか!」
カイトと呼ばれた黒髪の青年は、すぐさま身体を斜めにずらした。少年の真横を弾丸が通過する。その距離わずか数センチ。一歩間違えば顔面に穴があくところだった。
「すまない、ウルシア。恩に着る。」
すると、ウルシアは長い銀髪をまるで犬の尻尾のように揺らしながら、いつもの減らず口を叩いた。
「今あんたに死なれたらオレらは終わりです。まぁ、オレがいる限りそんな未来はあり得ないんで安心してください。」
そう言うとウルシアは即座に弾丸を撃ち放つ。遥か遠くから悲鳴が聞こえる。相変わらずウルシアの戦闘能力は群を抜いていると、カイトは改めて感心していた。
一つ、また一つ、断末魔が響き渡る。敵か味方かすらもわからない死体が周囲には積み重なっている。もう「死」という概念自体が麻痺していた。
「にしてもキリがないですよ。こんな数じゃどう足掻いてもジリ貧です。ここはオレに任せてカイトさんは第3班と合流してください。」
ウルシアはスコープを見つめながらそう言い放った。それは即ちウルシア達の部隊を見捨てて逃げろと言うことに他ならない。それがどうしてもカイトには納得できなかった。
「ウルシア、お前を見捨てることはできない。全員で撤退する。」
ウルシアの銃弾を撃つ手が一瞬止まる。するとウルシアは立ち上がりカイトに向かってせせら笑った。
「カイトさん、もしかしてオレらが死ぬと思ってます?冗談きついですって。オレの部隊は6部隊の中で最強なんですよ。負けるわけないじゃないですか。それに、全員が撤退したら オレらは間違いなく皆殺しです。カイトさん、何度でも言いますよ。アンタが死んだらオレらは終わりです。撤退を。」
そう言い放つとウルシアは再び戦闘体制に戻った。
ここはリーダーとして覚悟を示す時だ。カイトは決意した。
「ウルシア、すまない。」
カイトはすっかり感覚の無くなった右足を引きずり、ライフルの肢を杖代わりにして立ち上がると、ゆっくりと歩き出した。
「カイトさん、ご武運を。」
それがウルシアとの最後の会話となった。
幾重にも包帯が巻かれたカイトの右腕は醜く膨れあがり、痛みで我を失いそうになる。
志を共にした仲間は次々と戦火に呑まれていった。何かを変えようと集ったが、誰もが最初は本気で世界を敵に回す覚悟なんてありもしなかった。けれど今、誰一人として後ろを向くことなく自分の正義を貫くために命を賭している。
今更引き返すことなど許されない。こうしている間にも無慈悲な弾丸が仲間の命を奪っていく。
もはや自身の体などどうでもいい。一刻も早く仲間の待つ場所へ向かわなくては…。
一歩を踏み出すたびに皮膚を削がれていくようなとてつもない痛みが全身に走る。
混濁する意識の中、俺はやっとの思いで第3班の待つアジト、廃墟へとたどり着くことが出来た。たまり切った疲労と安堵感からか、体から力が吸い取られるように抜けていき、途端にその場に倒れこんでしまった。
そうだ、少し眠ろう。ここなら誰にも見つかることはないし、すぐに仲間が気づいて運んでくれる…。
次に目が覚めた時にはもうすでに夜が更けていた。いくらか痛みは和らいだが壁にもたれ立ち上がるのがやっとの状態でとても回復したとは言い難い。
それにしても誰も俺に気が付かなかったのだろうか。まぁ、戦闘の疲れが出る頃合いだ。仕方がないだろう。
蹌踉めきながら小さな歩幅でアジトの奥へと進む。一歩、二歩と少しずつではあるが着実に前に足を進めていくと正面に大きな扉が見えた。一見すると何の変哲も無い廃墟だがこの扉から地下のアジトに繋がっている。誰の姿も見えないことから恐らく皆地下にいるのだろう。あともう少しだ。
再び歩を進めてすぐのことだった。突然両足に力が入らなくなり膝から崩れ落ちた。疲労のせいかとも思ったが、すぐにそうでは無いことを理解した。
ぬめるような感触と立ち込める鉄錆の香り、手のひらに熱い液体がまとわりついてくるのがわかる。全てが腑に落ちた瞬間だった。ここには誰もいない。おそらく地下にいる奴らはもう…このアジトは俺が到着する前にすでに壊滅していたのだ。
初めから泳がされていたのか、はたまた偶然俺が現れたのかはわからない。しかしどちらにせよ悪手を踏んでしまったことは事実だ。
ゆっくりと足音が近づいてくるのがわかる。一人、二人、三人……数えるのをやめた。もはやゲームオーバーだ。ゆっくりと目を閉じる。ヒンヤリとした感触を頭部に感じた。
俺たちの正義が、敗北した瞬間だった。




