般若こんにゃくを倒せ
ほっくほくおかずブラザーズの、般若こんにゃくを倒そう。
「こんな狭い場所では戦えまい。ついてこい!!」
「いいだろう!」
般若に続いて窓から飛び出すと、空中に巨大な四角い箱が浮いていた。
所々に壁があるが、その高さが安定しない。不規則にカーブを描いている。
「これはまさか……」
「そう、お弁当箱だ!!」
「なんでよ!?」
やはり巨大な弁当箱か。だと思ったぜ。
「この弁当箱型リングで、お前に問いかけよう、おかずとは何かを」
「受けて立つ」
「いいの? 相手のフィールドだよ?」
「勝つさ。これでも弁当は食べてきた自負がある」
「よくわかんない」
相手の土俵で勝つことで、完膚なきまでに勝つ。完勝する。
これこそが悪党の最後にふさわしい。
「我がおかずのラインナップは無限。いかに英雄マサキといえど、食卓を彩る我には勝てまい」
「いいぜ、ちょうど弁当箱の中だ。仲良くおかず交換といこうじゃねえか」
暗雲が立ち込める中で、俺と般若は睨み合う。
「この我が先行は貰うぞ! 一品目のおかずはこれだ!」
懐からおかずを取り出そうとする般若を見て、俺も行動を開始する。
「いいだろう。なら先行は俺だな! こいつが俺のおかずじゃーい!!」
巨大弁当箱に置いたのは、般若が割ったスイカだった。
「これはおかずじゃ」
俺が出したものが、おかずじゃない怒りを般若にぶつけようと、蹴りを入れる瞬間に気づいた。
般若が出したのは、やつがいつもYシャツを干す時に使っていた洗濯ばさみだったことを。
そして俺達の声と攻撃は重なった。
「ねえだろうがー!!」
二人の蹴りが交差し、その衝撃は天へと昇り、雲を吹き飛ばした。
「なっ!? お前どうして!?」
「我がおかず以外を持ち合わせていないと思ったら大間違いだぞ、英雄様」
「そんな……マサキ様の攻撃についてきた!?」
お互いにバックステップから、改めて構えを取る。こいつできる。
「正直見くびっていた。この世界で俺についてきたやつは初めてだぜ」
「こちらこそ甘く見ていた。今の攻撃でかすり傷一つ負わないとは。認識を改めたぞ」
落ち着け。冷静になれ。今は冬。そして雲が晴れて、少しだけ陽の光が場を満たしている。
「ほーっくっくっくっく。これならどうかな?」
巨大なハンバーグが、中央のおかずスポットに配置された。
上からデミグラスソースとチーズがたっぷりかかっている。
「チーズハンバーグだと!? こんな早い段階で!?」
「子供から大人まで、誰でも大好きハンバーグ。ステーキでは固くなる。大トロは腐りやすい。ハンバーグこそお弁当の横綱よ!!」
「決して高級ではない。だが確実に嬉しいおかず……俺には倒せない!!」
「マサキ様、これルール説明とかないの?」
困惑しているサファイアは放置して、対策を考える。
いかんぞ、これはお弁当。もう一度でかい洗濯ばさみを出すという策もあるが……それではやつの後追いになる。
「弁当以外のものを出すというのは、二回目だよなあ? 英雄殿」
「くっ、そこまで考えてのことか!!」
もうおかずで勝負するしか無い。だがお弁当でチーズハンバーグが君臨してしまった。もう半端な料理では勝てないぞ。もっとお弁当を豪華で美味しく……。
「消えろ、英雄マサキ」
「俺は……美味しいお弁当が作れないのか……?」
「もう全然わかんないよ」
「落ち着いて考えろサファイア。これはおかず勝負でもあり、おいしそうな弁当を作るという大前提がある。ただそれだけだ」
「それがわかんないって! 最初に言ってよ!」
般若のおかずが来る。苦し紛れだがいくしかないぜ。
「エビの……伊勢海老の天ぷらだああああぁぁ!!」
「ぬう! エビの上半身を残し、豪華さでお弁当に彩りを加えたか!」
これならダメージが通るはずだ。今は多少でもいいから連続で押していく。
「だがお前は終わりだ。教えてやるよ。弁当は、エビがなくても朱に染まる」
小さく赤い朱い、花びらのような何かが、お弁当フィールドに降り積もっていく。
その粒は俺の天ぷらを弾き飛ばす。
「こっ、これは!!」
ある一箇所にだけ山のように降り注ぐそれは、見たことのある色と、嗅ぎ覚えのある香りで。
「そう、ケチャップライスだ!!」
「そんな、お弁当が……お弁当が洋風に! しかも不足しがちな野菜成分をケチャップで!」
「くっくっく、どうする? 冷めて衣が固くなった、孤独に飾り立てられたエビは、今のお前そのものだ。英雄マサキ」
「がはあっ!!」
完全に手の内を読まれている。やつはこの巨大お弁当では無敵なのか。
「ケチャップライスが舞い踊り、まるで桜の花びらのようだろう?」
「いや無理があるよ!!」
「おかずリスペクト! 朱色の桜吹雪!!」
無数の米粒がショットガンのように俺を襲う。
だが対策はできたぜ。海苔を召喚し、米を巻き込みハムと卵焼きを入れていく。
「ほう、こいつは」
「これが……新世代の手巻き寿司だ!!」
巻き寿司をドリルのように回転させて突っ込ませる。
「悪くはない。だが悲しいな。我がお弁当に、貴様の工夫など不要だ!」
仁王立ちのまま、俺の手巻き寿司を食い尽くしていく般若。
圧倒的な料理経験からくる、明確な経験の差だ。
「ならば、お前をおかずに沈めてやる!」
マヨネーズで道を作り、滑る力で光速を突破。同時に般若に足払いをかけ、空中へと投げ飛ばす。
「ほう、やるではないか」
がっちり固めつつ、空中で塩コショウ、パン粉と卵につけていく。
「我をとんかつにするか。空中で身動きの取れない間に、さらにパン粉で固めるという手際の良さもある。褒めてやろう」
「余裕じゃないか。このままだと油にぶち込まれるぜ!!」
「愚かな……力任せの料理など、創意工夫と手間暇を惜しむ未熟な料理」
パン粉と卵の拘束から、ぬるりと飛び出す般若を見た。
その皮膚は、もはや人間ではない。灰色で、まるでこんにゃくのようだ。
「我は全身これこんにゃく。こんにゃく人間よ!!」
「こいつ! 物理ダメージが効かない!!」
いかん。最終手段の暴力すらも通用しない。逆に油に叩き込まれ、イカリングになることで回避するのが精一杯だった。
「危なかったぜ」
「いやそれ回避できてるの!?」
「まだ続けるか?」
突破口を見つけなければ。こうなれば、異世界チート裏奥義を使うしか……。
「マサキ様!」
「来るなサファイア!」
こちらに来そうなサファイアを止める。あいつを巻き込むわけにはいかない。
「我はどちらでも構わんぞ。王家への復讐も献立のうちだ」
「お前は逃げろ」
「いつまでお弁当作ってるのよ! マサキ様は、いつももっと自由で楽しそうだった!」
そうか、おいしいお弁当を作るというルールに溺れていたか。
「いつだって諦めないで、無茶苦茶で、どんな敵にも勝ってきたじゃない! 今のマサキ様は、なんかこう……空回りっていうか、滑ってるよ!!」
やはり戦いから離れた弊害が出たようだな。平和な日々が俺を弱くした。
「どうやら休暇が長すぎて、戦い方すら忘れちまっていたようだぜ」
改めて配置されたケチャップライスを見る。
そうだ、俺にはまだまだ無限の可能性がある。
米を浮かせ、その流れを操っていく。
「何を考えているか知らんが、その結果が他人の真似とはな」
般若も合わせて朱色の桜吹雪を舞い散らせる。
両者が激しくぶつかると、般若の米が押し負け、白い塊が次々に激突していく。
「がばああぁぁ!?」
血を吐きながら大きく背後に吹っ飛び、がっくりと膝をつく般若を見れば、俺の力が戻ってくる実感が湧いた。
「これは……鶏肉!? 我がケチャップライスをチキンライスに上書きしただと!?」
「血染めのチキンライスを食いな。般若こんにゃく」
俺の異世界チートはここからだぜ。




