第二部が始まったぜ
アストラエアの城の中。
事件が解決した俺たちは、つかの間の休暇を味わっていた。
「ようやく帰ってこれたぜ」
豪華なソファーでゆったりティータイムだ。
うむ、充実した生活だね。
「そうね、戦いから無事帰ってこられたし、ゆっくりしましょうか」
「ようやく復活だからな。慣らし運転が必要だぞ」
「マサキ様……たまに言ってることわかんない」
向かいのソファーでくつろぐサファイアが、なにやら難しい顔をしている。
そんなに気にしなくても、平和を謳歌すりゃいいのに。
「でもこれで世直し行脚の旅に出られるね」
「出ねえよ。そんな予定ございません」
「アストラエア王国は平和だけど、まだまだわたしの知らない場所があるの」
「だろうな。じゃあ今日の稽古に行くぞ」
これは俺も行く流れだろう。
最近ゆったり城下町での日常とか満喫してんだから、なんとか中止させたい。
「いーやー! 旅に行きたい! マサキ様も来てよ!」
「こらこら、筋トレの邪魔だぞ」
ごまかすため、短パンとタンクトップで金魚運動機とか使ってみる。
「筋トレなんてやってなかったでしょ!」
「このあとバーベル上げなきゃいけないから、どっか行ってろ」
休憩してプロテインジュースを飲む。最近のは粉っぽさが消えておいしいんだな。
「お城に色々持ち込まないでよ」
「安心しろ。ちゃんと消すから」
「それもどうなの……っていうかまずタンクトップをやめて」
仕方がないので普段着へ着替えた。
「その執着はどっから来る?」
「せっかく平和になったでしょ? ならちゃんと国を平和にしたいの。王都だけじゃだめよ」
「んなもん政治とか領主の問題だろ」
「そうやって人任せにしちゃいけないのよ。だから護衛として、一緒に来て」
「護衛っつってもなあ……ヴァリス帰っちまったし」
あまりにも長くいると、それはそれでおかしいので、問題解決をきっかけに帰っていった。また来るとか言っていたが、今回は無理だろう。
「俺だけだと、いざという時に不安だろ。土地勘とかないぞ」
「ちゃんと護衛役もつけてもらうから。入ってきて」
「失礼いたします!!」
二人誰かが入ってきた。一人は黒い兜をつけた鎧騎士。
顔と耳は隠れていて、髪も少し出ている。
急所だけをしっかり守るタイプだな。
「第七騎士団長のムラクモです!!」
三十代のおじさんという雰囲気だ。
しかしそこは騎士団長。ただならぬ覇気のようなものがある。
「今回の旅についてきてくれるのよ」
なんでも五番までの騎士団長は、ハイパー強者揃いなんだってさ。
いつも忙しくしているらしい。だから城で会ったことがないのか。
じゃあ七番目って強いの? 気にしない方向でいこう。
もうひとり見知ったやつが入ってきた。
「女神のユカリです」
「お前何やってんの?」
「国のお金と権限で旅行に行きたかったので」
「何そのクソみてえな理由」
普通に入ってきたかと思えば、普通とはかけ離れた理由飛び出しやがった。
「というか姫様の護衛だぞ? そんなもん最高戦力もってこいって」
「つまりマサキ様では?」
「マジか」
そうか俺最高戦力なのか。うーわ同行しなきゃだめですかね。
「アリアは?」
「アリア様は国の重鎮です。政務も溜まっております」
「あいつも大変なんだな」
「なので比較的戦闘経験があり、長旅にも耐えるスタミナと、国中を回っていた経験から、自分が選ばれたのであります!」
計画的に選別されておられる。まあ旅行ってんなら行ってみたいけどさ。
「英雄マサキ殿、お会いできて光栄であります!」
「ああどうも、マサキです」
笑顔で握手を交わす。真面目ないい人なのかな。そういう人を巻き込むと罪悪感出ちゃうんだけど。
「基本はこの四人よ」
「騎士団長と女神か。戦力としては高いな」
「行く気になってくれた?」
「費用は国もちだな?」
「もち!」
「よし、城でうだうだしてないで、外に行くか!」
そんなこんなで出発して半日。
到着したのは、この前とは別の温泉街だ。
もう少しセレブな匂いのする区画。
「むうぅぅん……温泉とは、いいものですなあマサキ殿!」
「ええ、疲れが取れますねえ」
知る人ぞ知る秘湯温泉旅館。
ムラクモさんと温泉に入っている。
かなり高級旅館らしく、広くて綺麗でいい場所じゃないか。
「騎士団も大変でしょう」
「いえいえ、マサキ殿のおかげで平和そのものですよ。大変だったでしょう、帝国討伐は。わたくし、脱帽でございます」
「脱帽……あの兜は脱がないんですか?」
なぜか兜だけは外さない。
ヘッドギアというか、それほど面積広くないから気にならないのか?
額を守る装備に近いだろう。髪の毛も見えている。
「頭部というのは、人体でも急所が集まっております。姫をお守りする前に、まず自分くらい守れませんと」
「湿気とか……」
「通気性抜群なんで。つけてるの忘れるくらいですね」
「そんなに……ちょっとつけてみたい気もしますね」
「いやオーダーメイドなんで、ちょっとサイズが合わないかもと」
無理にとは言わない。そこは諦めるか。
そして湯船を出て、並んで頭を洗う。
「洗う時も兜外さないんですね」
「頭部というのはですね、いついかなる時も守り、育てるものなんです。そうすることでこう……いける! っていうナチュラルさ? みたいなものが出るんですよこれが」
悪い人っぽくはないんだよ。なにかしらの違和感が拭えないだけで。
「そういえばマサキ殿、一度聞いてみたかったのですが、なんでも戦闘スタイルがとても珍しいとか」
「まあ……口頭での説明は難しいですね」
そこあんまり触れないでください。ボケなきゃいけなくなるんで。
「興味深い。武に身を置く者として、どんなものかお聞きしても?」
「なんかこう……凄いめちゃくちゃに……見ている人がコメントできないような暴れ方を……」
「見るものを絶句させるくらい強烈な暴れっぷりですか!? お若いのに歴戦の武将ですなあ!!」
やめて。褒められると申し訳なくなるからやめて。
違うんです。ハードルを上げないでください。
『マサキ様、聞こえますか?』
ユカリの声だけを届ける魔法だ。
「どうした?」
『そろそろ上がりますので、合流しませんか?』
「了解」
「かしこまりました」
そして貸切状態の風呂から出て、みんなで冷たいものを飲む。
「はあ……温泉だなあ」
「こういうのっていいわねえ」
「まったくですな。このマッサージチェアもフサフサで」
「フサフサ?」
「フカフカですな。ちょっと言い間違えただけです」
「何かあったのかしら? あっちが騒がしいわよ」
従業員がざわついている。なんだトラブルか?
「失礼、わたくしこういうものです」
騎士団のバッジとカードを見せている。持ってきてるのね。
「おぉ! これは騎士団の! 助かりました!」
支配人さんに詳しい事情を聞かせてもらう。
「実は……旅館の祭壇から、御神体が盗まれまして」
「御神体?」
「大きな鏡と剣を持った像です。魔を払うとして、この地方では、五個の大きな建物にあるものなんです」
「盗まれたって誰に?」
「わかりません。金庫の扉が壊されていて……」
ひとまず四人で現場に行ってみる。
金庫の前には、数人の客らしき人と従業員がいた。
「どうも騎士団です!」
「おぉ! なんて早い!」
現地の騎士と間違えているのかな。まあいい。
ここはムラクモさんの、プロの腕を見てみたい。
あとユカリはマッサージチェアで寝そう。帰れお前。
「金庫室はここか」
「はい。扉は開けてあります」
分厚い鉄の扉だ。ダイヤル式の鍵が壊されていた。
広い室中は、規則的に絵画やらツボやらが置いてある。
「おー……こりゃまた……」
美術品の倉庫という言葉で片付くだろう。
どシンプルだ。高そうな絵がある。
「奥の祭壇です」
何かを祀るための祭壇がある。
当然だが洋風だな。ここだけ広くスペースが取られている。
「ここに安置されていたはずなのですが……」
「消えていたと」
「はい……」
ムラクモさんが事情聴取しているので全員黙る。邪魔しないようにしようね。
「よく探してみたのですか?」
「室内はもうバッチリです」
まさかこんなよくわからん事件に出くわすとはな。
しかし、俺たちがここに来るまでに結構な時間が経っている。
残念だが、犯人が残っているとも思えない。
「うーむ……逃げられたでありますか……」
「それなら心配いりませんよ。御神体が盗まれた時にために、祭壇を離れると旅館に厳重に結界が張られるのです。犯人も出られませんよ」
「おい君、本当かね?」
バスローブのおっさんが話しかけてくる。
完全に風呂上がりだな。露天じゃなくて大浴場の客か。
「ワシは明日には帰らないと、大事な会議があるんだよ」
「私も困ります! 明後日から舞台のレッスンなんですよ!」
「オレだけでもなんとかなりませんかね? 別料金払いますんで」
他の客も騒ぎ出す。
赤毛の女二人組。三十代くらいの青髪の男。
そしてバスローブで金髪のおっさん。
「客が少なくないか?」
「当旅館は最高級かつ、今はシーズンオフですから」
「そういうこと。騒がしい一般の宿とは違う、ごく僅かな上流階級が集う、本物のくつろぎ空間でね。実に良い」
キザっぽい男が解説してくれる。まあ王族が庶民の旅館使わないよな。
「そういうあなた達こそ、どうしてここに?」
「自分はアストラエア騎士団、第七騎士団長であります」
おおーと歓声が上がる。やはり騎士団の肩書はでかいな。
「団長様の意見が聞きたいですね」
「物取りの犯行ですかな。高級旅館でありますから。そりゃたんまり溜め込んでいると思われたのでは?」
「でもおかしいと思わない?」
「サファイア?」
意外にも待ったをかけたのは、サファイアだった。
「金庫室には、こんなにお宝があるのよね? なんでご神体なのかしら? そんなに高値で売れるの?」
「確かに大切なものですが、正直こちらの絵画を盗んだ方が……」
絵の方が高いらしい。俺にそのへんの価値はわからないのでスルー。
「つまり御神体を狙い撃ちってことか?」
「じゃないとおかしいかなって。ちょっとずれた感じよね」
もっともな意見だ。
それを聞き、ムラクモさんが両手で頭を抱えて深刻な顔をしている。
「これは世直し案件よマサキ様」
楽しそうに笑うと思えば、やっぱりか。どうせそんなこったろうと思ったよ。
探偵もの推理小説みたいとか思ってんだろう。
「さあ、ばっちりきっちり解決しましょう!」
騎士団の名前出しておいて帰るのも、トラブル未解決ってのも後味悪い。
ここはなんとかやってみるかな。




