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第5話 心臓の輪が外れる

 エルマは俺を抱きしめて泣き続けていた。俺は何が起こっているのかわからずあたりを見回した。


 エリオットとドレークが近くで息絶えていた。奴隷兵士たちは皆殺されて、村はさらに血で染められている。馬車に捕らえられていた子供たちは解放されて、両親の死体に縋りついて泣いている。





 問題はこいつらだ。俺をかき抱いて泣き叫んでいるエルマと呼ばれた女性。


 それに俺を囲む三人の――冒険者か? 


 魔術師の女とアイアンプレートを着た男が二人。一人は体がデカく、鎧の装甲も厚い。タンクと呼ばれる類だろう。奴隷兵士にはいなかった種類だ。ろくに食わせてもらえなかったから体が育たなかったんだな。


 もう一人の軽装の鎧を着た冒険者は、エリオットとドレークを殺し、俺に剣を突き付けた奴だろう。今は俺のことを睨んでいる。



 俺はエルマを体から離してその泣き顔を眺めた。どこかで見たことのある顔だ。彼女は涙を拭いて、震える声で言った。


「ヘンリー……ヘンリー、私、ずっとあなたのことを探してた。私のこと覚えてる? 小さいころアルスター村の近くにある大木の下でよく待ち合わせをして、森を探索したでしょ?」



 ――今度は私が助けてあげる。



 言葉が脳裏を横切る。吸い込まれるような青い双眸。小さな鼻。ブロンドの髪が光る。


 俺は思いだす。


「初めて会ったとき塔の上に囚われてたね」


 俺は微笑んだ。久しぶりに顔の筋肉を使ったから、ひきつった笑みになってしまった。

 エルマは顔を赤くして、何度も肯いて、もう一度抱き着いた。


「そう、そうだよ。やっと会えた」


 彼女の背に手をまわす。エルマは震えていた。



 俺は、はっと思いだして冒険者に言った。


「近くの村も襲われている。俺たちとは別の隊が襲撃しているはずだ」


 俺を睨んでいた冒険者が眉間にしわを寄せた。彼らは互いに顔を見合わせる。軽装の冒険者がエルマの肩に手を置いた。


「エルマ様、急ぎましょう」

「わかったわ、アゼル」


 彼女は肯きながら立ち上がると、俺の手を引いた。


「一緒についてきて」


 奴隷兵士が乗り捨てた馬にまたがると、俺たちは近くの村に向かった。

 




 村に着いた時には奴隷兵士の姿はなく馬車もすでになかった。村は血の海だ。においに引き寄せられてきたのかゴブリンやブラックドッグがうろうろしていた。


 アゼルと呼ばれた男が腹いせとばかりにゴブリンを切り殺していく。蜘蛛の子を散らしたように魔物たちは逃げていった。


「アゼル! アゼル、いいから……」エルマは彼の肩をつかんだ。

「あいつらが……どうしてこんな」


 アゼルは目に涙を浮かべて俺を睨み、エルマの手を振り払って目の前まで近づいた。


「どうしてこんなことができる!」


 アゼルは剣を捨て、俺の胸ぐらをつかんだ。

 拳が俺の頬をとらえる。手の甲についた金属の鎧が皮膚を切り裂いた。

 エリオットに義足を切られた後、右足に何もつけていなかった俺はバランスを失い、衝撃で倒れこむ。

 地面に血痕が増える。


「アゼル! やめて!」エルマは俺に駆け寄って、頬に手を当てた。途端に痛みが引いていく。

「ヘンリーは誰も殺してない! あの親子を助けたでしょ!」

「それはあの村だけの話です! 数日前には他の村を襲っていたかもしれない!」


 涙を流しながらアゼルは剣を拾うと振り、血を飛ばした。


「それは……」

「俺はこいつを生かしておけません!」アゼルは俺に剣を向ける。切っ先が震えている。

「アゼル……、アゼル落ち着いて。あなた先に街へ戻りなさい。騎士団に報告するの」


 アゼルは下唇を血が出るほど噛んで俺を睨み続けたが、ふっと視線をそらすと肯き、村を去った。





 エルマは頭を押さえてため息をついた。

「ごめんなさい。アゼルはちょっと、なんていうか、感情的だから」

「いや、彼が俺を信用できない気持ちはわかる。そこの二人だって俺のこと信用してるわけじゃないんだろ?」

 二人の冒険者は目をそらした。


 しばらくすると魔術師が口を開いた。

「信用は、できないけど、でも教会の場所を知ってるのは彼だけだからなー。連れていかれた子供たちは救わないとだし、これ以上他の村を襲わせるわけにもいかないしー」

「ええ。そのとおりよ」エルマはそういって、俺を立ち上がらせた。

「街にむかいましょう。騎士団が準備すれば明日には教会を叩きに行けるはず」





 街に向かう道中、俺は尋ねた。


「どうしてあの村が襲われることが分かったんだ?」

「あの親子が教えてくれたのよ。私たちはゴブリン討伐のクエスト中だった。クエストと言ってもまあ息抜き程度だったんだけどね。森のなかを進んでいる最中に馬に乗ったあの二人が現れて、助けて欲しいってお願いされたの。ゴブリン討伐はあの村から依頼されたクエストだったから、急いで駆けつけたってわけ」

「そうか」


 エルマは微笑んで言った。


「それにしても運命的じゃない? 私たちはゴブリン討伐をするレベルじゃないのよ? たまたま息抜きに受けたクエストで近くにあなたがいて、助けることになるなんて」

「ゴブリン討伐をするレベルじゃないってのは?」

「言ってなかったね。私はSランク冒険者なの。数日前にドラゴン亜種の討伐クエスト――並の騎士なら一個中隊編成で挑むようなものなんだけど――をアゼルも含めた4人で、無傷で処理したのよ? ゴブリン退治なんて久しぶりに受けたわ」


 Sランクがどの程度すごいものなのかよくわからなかった俺は適当に肯いた。


「強くなったんだね」俺はそれだけ言った。

「ええ。あなたのために強くなったのよ。あなたを守れるように。言ったでしょ? 今度は私が助けてあげるって」

 エルマはそういって笑った。





 街は教会の倍近い大きさで、壁がどこまでも続いていた。門の近くまで来るとエルマは思いだしたように俺に言った。


「その鎧で街に入るのはよしたほうがいいかもね。ちょっと門の外で待ってて。適当に服を見繕ってくるから。どこにもいかないでよ」三人は街に入っていった。



 俺は近くにあった木の根元に座り込み空を見上げた。鎧が息苦しくて一つずつ外していく。まるで心臓に巻いた3つの輪を外すように。あの過酷な環境で体に合ったものなど支給されるはずがない。よく着ていられたなと自分で感心する。最後に腿当てを外して鎧下だけの姿になる。背を伸ばす。


 空を見るのは久しぶりな気がする。

 俺は自由になったのか。いまさら実感がわいてきて声を出して笑った。頭上で鳥が飛び立った。


 右足の切断面はすでに丸く肉の塊が皮膚でおおわれたようになっている。触るとやわらかい。きつく木の棒を括りつけていたために赤黒く輪ができていた。切断されてからどれだけ経ったのだろう。



 俺はどれだけの時間を奪われたんだろう。



 常識を得る機会も奪われたんだろうな。

 Sランク冒険者の力量がわからない。パンが何色の硬貨で買えるのか、現在の王が誰で、どの国と戦っているのか、俺にはわからない。


 俺は自由だ。13歳で時が止まったまま、自由の世界に放り出された子供だ。

 少しだけ、恐怖が心臓を流れた。





 しばらくすると、エルマだけが服を持って現れた。俺の姿を見ると眉間にしわを寄せた。


「なんで鎧ぬいでんの! 何のために服買ってきたと思ってんのよ!」


 エルマは怒り、それから、吹き出して笑った。

 俺は服を受け取ると、木の陰で着替えたが、どう着ればいいのかわからない。


「どう着ればいいんだこれ」そんなことを言っていたらエルマがふりむいて、俺の腰に手をまわした。腰ひもを締めて裾をはらう。


「ありがとう」俺が言うと、エルマはじっと俺を見上げた。

 すぐ近くに小さな顔がある。きれいだと素直に思った。


 彼女は何かを我慢するように口をきっと引き結んでいたが、最後にふっとため息を吐いた。

 また、背に腕が回される。今度はぎゅっと力が入る。エルマは俺の胸に顔をうずめた。


「会いたかった。会いたかったよ、ヘンリー」くぐもる声でエルマは言った。

「急にいなくなってごめん」俺も彼女を抱きしめて言った。エルマは首を振って鼻をすすった。

「やっと会えたから、いい」

第一章完結です。

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