第38話 魔王の一人
カミラとヘンリーに残された王と側近、エルマたちは一時呆然としていたが、その沈黙をステイシーが破った。
「王立図書館を、この国で最大の図書館を貸してください」
王ははっとしてステイシーを見たが、すぐに眉間にしわを寄せた。
「それは、なぜ?」
「一つ、ミスリルについて弱点を調べます。一つ、あの男の弱点を調べます」
エルマがステイシーを見た。
「弱点があるの? その2つに」
「ミスリルについては心当たりがあります。以前の文明が滅んだ際唯一残された本がこの国にありますね?」
「ああ、禁断の書として保存してある」
「噂ではそこにはミスリルの加工法と、そして弱体化法が書かれているとか。かつて卓越した政治を行った王、ヘンリーは、そのミスリルの使い方をわかっていたためにソーリッジを救ったと噂で聞いたことがあります。本当ですか?」
王は一瞬渋ったが、最後には肯いた。
「ミスリルには魔法は通じない。あれは嘘です。ある特殊な魔法をを使うと変形可能に、もしくは脆弱になり破壊可能になるはずです。私はその特殊な魔法というのが知りたい」
エルマは首をふった。
「あのオートマタはいい。問題はあの男。あれは何? なぜ不死身なの?」
「彼は……異世界転移者です」
「転移者とはあの伝説の?」宰相らしき男が口を挟んだ。
「ええ。彼は自分をニホンという国から来たと言っていました。名はユキハル。姓はコウサカ。コウサカユキハルが正しい順番だと言っていました」
「それで、倒す方法に心当たりがあるの」
エルマは先を急かした。
「伝説の書の中に転移者を元の世界に戻す方法が書いてあるものがあったはずです。それを読みたい」
ステイシーは両手を握りしめてエルマを見た。
「私はあなた達みたいに強くない。ハルにも助けてもらってばかりだった。だから。恩返しがしたい」
「ミスリルについての禁断の書については用意しよう。ただ一つ問題が」
国王の言葉に、ステイシーは尋ねた。
「何でしょう」
「転移者に関する本はすべて盗まれてしまった。いや、奪われたんだ、何者かに……。おそらくは魔族による仕業だ。邪悪な魔法痕が残っていた」
「では、カミラに何とかしてもらうしかありませんね。とにかくミスリルの本を!」
ステイシーは従者に連れられて図書館へ向かった。
◇
俺たちは運良く魔王城の中に転移できたがそこはリリスのいたあのバラ園だった。
「お兄ちゃん! 久しぶり!」
リリスが抱きついてきた。
「おおお、今それどころじゃないんだ」
「ええ、なんでぇ」
彼女をあやしていると、カミラがリリスのことを悲しそうな目で見ているのに気づいた。
「どうした?」
「後で話そう。今は魔王の部屋へ」
カミラがつかつかと歩きだしてしまったので、俺はしゃがみこんでリリスに言った。
「ごめん。後でね」
「うん、絶対だよ」
リリスは俺の頬にキスをした。
カミラは歩速を早めて進んでいく。
「カミラ速い」
「確認しなければならないことがあるんだ。ずっと怖くて聞けなかった。どうしてリリスと私の羽は違うのか。どうしてリリスより、私のほうが魔力が高いのか」
そこでカミラは言葉を切り、立ち止まった。
「ハル。ごめん。私の、私のせいかもしれない」
カミラは俺に抱きついた。俺はわけも分からず彼女の背を撫でた。
「どんなことでも赦すよ。カミラ」
「本当に?」
「カミラはひどいことができる性格じゃない。少しいじめたがりだけどね」
俺が微笑むと彼女も微笑んで涙した。
「ごめんね」
そう言うと涙を拭い、カミラは俺の首元に噛み付いた。
「ちょっと」
しばらく吸うと、彼女は離れた。翼が生える。
「ごめん。でも。本気なんだ」
カミラは魔王たちの会議室に入っていった。
惨状が広がっていた。
石の魔王は体の原型をとどめていない。砂になってしまっていた。
蜂の顔をした魔王はその体をバラバラにされ、羽をむしられて、壁に叩きつけられていた。
残る一人の、4人目の魔王だけが、中央の席、元魔王が座っていた鉄の椅子に座っている。
その魔王は姿をもとに戻したのだろう、真っ白な羽毛の生えた羽を生やし、角はカミラと同じように後ろに湾曲していた。どう見ても家族、いや父娘にしか見えない。二人の関係はおじと姪だったはずなのに。
カミラは叫んだ。
「カマエル!!!!!!!!!!!」




