第35話 黒衣の男
「我々に戦うこれ以上戦う意志はない。とっとと帰れ。このオートマタは死体回収用だ」
オートマタたちは死んだ奴隷兵士を引きずって次々とクローゼットの中に入れていく。
カミラは魔法を使うのを止め、両腕を鋭く尖らせる。魔法剣。
「聞け! オートマタはすべてがミスリル製ではない。関節や首を跳ねれば動かなくなる」
一瞬言いよどんだが、続けた。
「中身は人間の死体だ」
カミラとエルマが駆け出す。
オートマタは死体を投げ出すと、腰にぶら下げていた剣を引き抜いた。おそらくミスリル製だろう。
構え――
首がはね飛んだ。
「次!」
エルマは叫び、死体が転がる悪条件の地面を駆け抜ける。
カミラは空からダイブし、回転し、オートマタの両肩を切り落とすと、着地と同時に首を切り上げた。
戦闘を行っているのは二人だけだ。皆はただ呆然とその剣技に、戦闘力に見入っている。見惚れていると言ってもいい。
最後の一体が首を跳ね飛ばされた。はね飛んだ首が俺の足元まで転がってくる。
ひどい匂いがした。
それは確かに人間の死体がミスリルの鎧を着ただけの操り人形だった。
エルマに首を切り落とされたオートマタは一瞬痙攣し、倒れた。
歓声が上がる。
二人が、戻ってくる。
エルマは剣を振って、紫色の液体を払い落とす。
カミラは魔法剣をしまい、空を舞う。
俺は彼女たちを迎えにそばに……
クローゼットが大きな音をたてて閉じる。
歓声が止んだ。
クローゼットが開く。
俺は……叫んだ。
「ステイシー!!」
転移する、が、彼女の後ろには一人の男が立っている。真っ黒な髪と瞳。どこの国の人間かわからない。その顔貌はドラゴン族に似ているが目の色が全く違う。ローブを着ている。手にはミスリル製と思われる剣を持っていて、その切っ先はステイシーの肩の上に乗っている。彼が剣を横に動かせば、ミスリルのその切れ味で一瞬にしてステイシーの首は飛ぶだろう。
俺は立ち止まり、男を見た。
ニヤニヤと笑っている。どこを見ているかわからない、2つの目が、俺に焦点を合わせた。
「やあ。ヘンリーくん。はじめまして。奴隷生活はどうだった?」
ステイシーが目を見開いた。
「嘘……嘘です……ハルのいる地域は奴隷区域にしないと約束したはずです」
「ああ、ごめんねぇ。あれ嘘」
顔が真っ青になり「え……え……」と繰り返すステイシーの耳元に男は口を近づける。
「君のアイディアでヘンリーくんは奴隷になっちゃったんだ」
ステイシーが俺を見た。その、感情をほとんど表に出さない顔が、歪んだ。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ステイシーは叫び、剣のことなど忘れてしゃがみこんだ。地面に転がる死体達の上に嘔吐し、白いスカートは血と体液で染まっていく。
「嘘、嘘、嘘だ、嘘だ嘘だ!!! ハル。今まで会いに来なかったのは忙しかったからだよね? 王が変わっても会いに来なかったのは居場所がわからなかったからだよね? 城に戻っても会いに来てくれなかったのは! 私を探してたからだよね!!!!!!!!」
俺はうつむいて、首を振った。
悲鳴が響く。
男はなおも剣をステイシーの肩においたまま、笑い出した。
「いーいねえ。いい叫び声だ。絶望の色だ」
あはははと、醜い笑い声を上げる。
「この、クソ野郎が!!!」
転移する。
男の後ろに。
俺は持っていた剣を引き抜き、やつの首を切り落とした。
やつの首が肩を転がって、
元の位置に戻った。
首がくっつき、
振り返る。
「ねえ、痛いんだけど」
「そんな……」
男は俺の腕を掴むと軽々と元の場所へと投げ飛ばした。カミラが俺を受け止める。
「なあ、俺にそんな事するやつには罰が必要だよな。そうだよな、ステイシー? ステイシーさーん。聞いてる? 聞いてるかって聞いてんの」
ミスリルの剣がステイシーの肩に突き刺さる。
「ぎゃああああああ。聞いてます。痛いい痛いい」
「反応しろよ」
男は剣を引き抜くとローブの中からポーションを取り出して、ステイシーにかけた。みるみるうちに傷は消えていく。ステイシーは脂汗を浮かべて何度も深く呼吸する。
「ぶっ殺してやる!」
俺が叫ぶと、あははとまた男は笑う。
「威勢がいいねぇ。城の周りをチョロチョロうろついていた人間とは思えないよ」
俺が驚いているのを見ると、男は続けた。
「知ってるよ。城の周りを見ていたことも、近くの村に行ったこともさ。全部見てたんだ。まあそれはいいんだ。今は罰の話をしよう。選択しようか、ヘンリーくん」
男はミスリルの剣をステイシーの肩に当てた。
「選択しろ。右腕か左腕か、どっちがいい?」
この黒ローブのクソ男がどうしてこんな人間になってしまったかは拙作
『House_Management.exe~異世界で魔改造し放題の最強の家を手に入れた話~』 https://ncode.syosetu.com/n7567gb/
で読むことができます。まだ連載中ですが。




