第32話 国王への謁見
王への謁見はスムーズにいった、訳はなく、エルマはズカズカと廊下を歩き、使用人たちが止めるのも無視して謁見室の扉を開いた。ちょうどそこでは昨日に引き続き国へ貢献した者たちへの報奨の授与が行われていて、扉が開け放たれた瞬間、静寂がおりてきた。
「国王、話がある」
エルマは言って真っ赤なカーペットを土で汚しながら歩いていった。報奨を受けていたのは国の騎士団長で、見るからに嫌そうな目をしていた。
「エルマ様、今は式典の最中ですよ」
王に跪いた姿勢のまま騎士団長は言ったが、彼女は見向きもせず、跪くこともせず王に詰め寄った。
「あとにしてくれないか」
国王は眉間にシワを寄せて厳粛な態度をとっていたが額の汗や、手の震えから恐れていることは確実で、それは近くにいる俺たちにも十分に伝わっていた。
特に国王は俺の姿を見て、顔を青くしていた。
「ここで話してもいいが、どうする」
エルマは更に一歩前に出る、すでに壇上に片足が乗っている。
「わかった。移動しよう」
国王が立ち上がり、杖をつくと、あたりは騒然となった。騎士団長はエルマを見上げ「何があった」と尋ねたが、エルマの顔には怒りしか見て取れず、彼は二の句を継げなくなった。
「いくよ」
エルマが言うと俺たちは彼女に続いて国王を追った。使用人あるいは側近とも言うべき老人が慌てて国王になにか言っているが、国王は黙ったまま廊下をあるき続ける。
王はある部屋に入った。他国の人間と会談をするような場所で、大きなテーブルと、同種の椅子が数個ならんでいた。王はその椅子の一つに座った。
「国王、その椅子は……」
「黙っててくれ。いいんだ。身分の違いなど無い」
俺たちは同じように椅子に座った。
「話とはその男のことだろう」
国王は俺のことを見ていった。
「ええ、隣国、ソーリッジ王国についてもね……」
国王は頭を抱え、うつむいたまま話す。
「どこまで知っている?」
「ソーリッジが教会に乗っ取られ、国王の家系が全く変わってしまっていること」
国王は自嘲気味に息をもらした。
「家系が変わってしまっていることなど一部の貴族にしかわからなかったのにな。みな王族の遠い血縁が成長した姿だと思っていた。それに、隣国の王族だ。政治のことなんて詳しく知る平民などおらんだろう」
「どうして教会がソーリッジを乗っ取っている? あの国は相当な兵力を持っていたはずだし、この国の支援もあったはずだ」
「それでも、敵わなかったんだ。戦争にすらならなかった。ソーリッジは一方的に一人の男に殲滅された」
「そんな話知らない。どうして国民に話さない!!」
王は黙った。腕が震え、目をぐっと閉じた。
「怖かった。ああ、怖かったんだ。あの男は狂っている。私は……私は……」
国王は自分の右腕を見た。まるでそこにあるのが奇跡であるような顔をした。
「国民を売ることで和平条約を締結した」
アゼルが椅子を蹴飛ばす。
「国民を売る? 奴隷としてですか?!」
「そうだ……王都から遠い村のいくつかを、彼に売り渡した。彼は教会を作った。どんな魔法を使ったのか知らないが、一瞬で教会は国内に散在するようになった」
「それで、俺は……」
俺は……国に売られたのか。
目の前が真っ暗になる。
信じていた。ステイシーの知識通りなら、俺の国の王は賢王で尊敬すべき人物、その子孫に当たる人物のはずだ。それが……。
エルマは立ち上がり、国王を殴った。
「貴様! 国王に何という無礼を!!」
「まて、殴られても仕方がない」
国王は頬を押さえ側近を制止すると、立ち上がった。
「そうだ。私は間違えた。先祖には申し訳ないことをした。バレることを恐れ、今までずっと演じてきた。あの賢王のように、演技をしてきた。それももう終わりだ」
国王はその役職を長年行ってきた人間特有のオーラを発した。背筋を伸ばし、胸を張り、俺たちをじっとその青い目で見つめた。
「戦う意志はあるか」
「もちろん」
エルマは即答した。
「厳しい戦いになるぞ」
「今までとは違う、私がいる、私達がいる。それに彼の幼馴染の魔王も」
「魔王……そうか、君には驚かされてばかりだ」
国王は俺を見て少しだけ微笑んだ。
「これから国民に公表する。我々は騎士団を派遣しよう」
国王はそう言うと彼らしからぬ行動をした。
深々と頭を下げた。
「どうか国民を救ってくれ。やつは生贄を増やすよう要求している。このままではこの国は……」
「わかった」
エルマはそう言うと部屋を出た。俺たちが出ていくまで、国王は頭を上げなかった。




