第30話 獣人の街
ブックマーク、評価ありがとうございます。半年近く更新せず、しかも内容も変えてしまったので作品に評価をいただけるとは思っていませんでした。大変励みになります。
転移しながら城の周りを見たが完全に壁で覆われており、その上にはバリスタや魔法兵器が置かれていて、人員も大量に配備されていた。まるでいままさに戦闘を開始するかのような緊張感があって、とてもじゃないがオレ一人で城の中に入っていくことはできそうにない。
ステイシー。
俺は下唇を噛んで転移した。
国の様子を見てみよう。
廃墟ばかりかと思っていたがそんなことはない。城という要塞から少し離れた場所、いつもステイシーと抜け出して買い物をしたり遊んだりした街へと転移したがそこに街はちゃんとあった。外側だけは。
俺が転移したのは街の中だ。いつもどおりの場所、皆が驚かないように路地裏に転移をした。いつもならそこには足の不自由な物乞いがいて、俺は当時の値段で言うパン一つ分の硬貨を渡していた。物乞いはありがたがった。
しかし、今その物乞いは居ない。裏通りには誰も居ないが、表では話し声が聞こえる。
ソーリッジの言葉だが、訛りがある。
表通りに出た。
驚愕した。
町の人間がすべて獣人に変わっていた。皮の鎧を着る冒険者も、店先で呼びかけをする娘も、全員、獣人だ。
「おい、あれ人間じゃないかにゃ!」
娘が叫んだ、それは悲鳴に近かった。
驚きの声のあと怒号が飛ぶ。
「奴隷の分際で何してやがる!」
冒険者の男が剣を抜く。熊の男は身長が俺の倍近くある。
俺は狼狽してあたりを見回した。
なんだ。
何が起きてるんだ?
ここは比較的治安のいい場所だったはずだ。なのに皮なめしの店が汚らしい液体を流しながら……皮を……なめしている。
あれは……人間の?
俺に怒声を吐いた冒険者の着ている鎧も人間の皮をなめしたものなのか?
吐き気がこみ上げてくる。
裸同然で荷車を引く男たちの背中はムチの痕でずたずたになっている、背骨が見えている者もいる。
俺の知っている国はどこに行った?
ステイシー。
あの聡明なステイシーもこんな目にあっているのか?
「おい、どこ見てやがる」
俺は冒険者の行動を見ていなかった。やつは剣を振り上げて、すでに振り下ろしている。刃が俺の額に突き刺さ――
冒険者の腕が消えた。俺の足が刃物に変わり、異常な体勢でやつの腕を切り落とした。
熊の吠えるような叫び声が聞こえる。
「やっぱり人間は凶暴にゃ! 殺すしかないにゃ!」
「違う! 俺は!」
「クソ、ただじゃおかねぇ」
熊は腕を押さえながら唸る。
俺はいつの間にか取り囲まれていた。
呼吸が荒くなる。獣人と人間との関係はこれほどまでに悪化していたのか?
なぜ?
俺はソーリッジの城のそばまで転移した。ステイシー生きていてくれ。
協力を仰ごう。彼女たちに。
◇
王都に転移し直すと、エルマが駆け寄ってきてビンタした。
「一緒にいるって言った!」
「ごめん、それどころじゃなくて」
額に汗して言う俺に、エルマは目を見開いて、それから涙して言った。
「もう知らない!」
エルマはスタスタと歩いていく。町の人間はニヤニヤとこちらを見たり哀れんだりしている。エルマはここでも相当顔の知られた存在らしい。
俺はエルマを追いかけて、振り向かせた。
「悪かったよ、ただ」
「ただもなにもないの! 今日は私の日なの!!!!」
エルマがあまりにも叫ぶのでお祭りのはずなのに俺達の周りに一瞬だけ沈黙がおりた。
「ごめん」
俺はソーリッジ王国が支配されていることのほうがショックだしそれについて話したいのだけど、どう考えても今のエルマにそれは通じない。
「でも今は聞いてほしいことが……」
「キスして!! だっこして!!」
「ええ……」
全然話を聞いてくれない。これで本当に協力なんて仰げるのか。
「……わかったよ。でもその代わり話聞いてくれる? 大事な話なんだ」
エルマは俺を睨んでいるだけだ。
俺は周りを見回した。小さな子供までが俺たちのことをじっと見ている。
俺はエルマの肩を抱いてキスをした。
口笛が聞こえる。
ヤンヤヤンヤと囃し立てる声。
口を離そうとすると、エルマは更に押し付けてくる。
「んー! うぇるま」
「もっと」
1分か2分かもっとかもしれないがキスを終えるとエルマは満足したように、
「で、話って?」
そう尋ねた。
◇
「なんで早くそういうことを言わないのよ!」
エルマがまた叫ぶ。
「エルマうるさい。周りに知られたらどうすんの」
エルマの口を手で塞いでそういう。わざわざ路地裏を選んで話しているのにこれでは意味がない。モゴモゴとなにか言いたそうにしているので、俺は彼女の口から手を離した。
「じゃあ、ソーリッジ王国が教団の本部ってわけ?」
「それは……わからないけど、でも、一つの国を奴隷にしている。獣人が国を乗っ取ってるんだ。人間はまるで俺がされていたような仕打ちを……」
「じゃあ、あの王は何?」
「わからない。わからないことが多すぎる」
俺は首を振った。だめだ、ステイシーの笑顔がよぎってしまう。彼女がどうなっているかそればかり考えてしまう。
「ハル!」
エルマは俺の顔を掴んだ。
「他の女のこと考えてるのはわかる。でも今日は私の日なの」
俺はうつむいて歯ぎしりした。
エルマ……おねがいだから……。
「だから、パーティを集める。王に謁見して、ソーリッジ王国を攻める。教会を潰してあげる」
俺ははっと顔を上げた。
彼女は微笑んでいた。




