第29話 ソーニッジ王国
翌日の朝。
目を覚めるとすでにエルマは起きていた、いつものように。彼女は俺の顔をみると微笑んでキスをした。
「おはよう」
「ん、おはよう」
俺は答える。
エルマは体を起こすと俺に覆いかぶさってきた。
「ねえ今日も王都に行こうか。一緒にお祭りたのしもうよ」
「デートしようか」
俺がそう言うと、甘い声を立てて、エルマは俺の首元にキスをした。
「あの女がいても、無視してね。ないと思うけどドラゴンの女も」
エルマは上目遣いでそういう。
「あいさつくらいはするかも……痛!」
エルマは俺の首元を噛んだ。
「だめ! 今日は私の日なの。明日も明後日もずっと私の日。ハルは私のものなんだからね」
大きな胸がふっくらと当たる。エルマは俺の首元にキスマークをつけようとする。
「そこはダメだって! 見えるでしょ!」
「見せつけるの! あの女だってやってた! 私に見せつけて、ハルのこと横取りしようとした。だから見せつけるの。ちゅーーーーーーーーーーーーーーっぱ」
首元に痣ができてしまった。
その時メイドがノックをして扉の向こうで言った。
「朝食の準備が整いました」
◇
王都は今日も盛況で人でごった返していた。
耳元で声が聞こえる。
『私達はそろそろ帰ることにするよ。ラプンツェルにはひどいことをしてしまったけど結果的には――竜族の言葉を借りれば――敵に塩を送った形になってしまったね。悔しいけど二人の幸せを祈ってる。でも、第二夫人の場所は私のだし、子供は私が最初に身ごもるからね。じゃあね』
そう言って念話は切れた。
「なにぼーっとしてるの?」
「ああ、カミラが」
「その名前出すの禁止!!」
エルマは一層俺の腕に抱きついてきた。
今日の服装は昨日の鎧姿ではなくワンピースで腰に太い帯を巻いている。カミラのスリムな服とは違うゆったりした服にも関わらず、女性的曲線は目を引く。
「どう? 今日の私かわいい?」
それは、俺が奴隷になる前に、待ち合わせ場所にきたエルマがいつも言っていた言葉だった。俺は懐かしくなって少し微笑んだ。
「かわいいよ」
「えへへ。んー」
「抱きつくと歩きにくい!」
「だってえ好きなんだもん」
店を回って、俺はエルマにアクセサリーを選んだ。本来ならば俺が金を出すべき立場なんだろうが彼女いわく、「選んでくれたのがうれしい」のだそうだ。アクセサリーは丸い金の髪飾りに蝶をモチーフにした絵が描かれているものだった。
歓声が上がった。
エルマは髪をくくり、髪飾りをつけながら、城の方を見ている。俺は尋ねた。
「何を騒いでるんだ?」
「ああ、今日は隣国の国王とその家族が来るって、昨日言ってたからそれじゃない? どう? かわいい?」
「似合ってるよ」
俺たちは店を出た。
「ちょっとハル。歩くの早いよ」
「ああごめん」
エルマが早いというくらいだ。俺はほとんど走っていたんだろう。
隣国、そして友好国というのはつまり、ソーニッジ王国のことである。どのような経緯で2つの国が友好国になったのか、それを俺は姫であるステイシーに聞いたことがあった。
彼女は天才だ。本は見たそばから暗記してしまう。暗記し終わると、本を逆さにして本棚に戻すくせがある。寡黙で人と殆ど話さないくせに、俺にはべったりくっついてくる。
話はそれたが、彼女が言うに、というか彼女の『知識』が言うには、ソーニッジ王国は金やミスリルなどの鉱物資源が多く取れる地であり、周囲との戦争が絶えない国だった。
ときの国王は戦争に疲弊し、食糧難に苦しむソーニッジの国民を見ていられなかった。その時中立国だったこの国が大量の食料を送ると同時に戦争に参加し、ソーニッジ王国の危機を救った。この国の国王は見返りを求めず、正当な貿易を約束し、かつ周囲の国へ牽制を行った。この国の兵力は周囲にとっては脅威だった。
卓越した政治を行ったこの国の王の名前はヘンリー。俺の名前はそこからとられた。
俺はステイシーの顔をひと目見ようと、城で話すソーニッジ王国の王族達を見た。
「そんなに王様見たかったの?」
「いや……」
絶句した。
国王に紹介された隣国、すなわちソーニッジ王国の国王並びにその家系が完全に変わっていた。見たことのない60歳を過ぎたと思われる男。髪はシルバーで長い。
その後ろに控える王妃並びに王子達も見たことがない。
俺はエルマに尋ねた。
「エルマ、隣国の王はいつからあいつになった?」
「ああ、最近よ最近。しかも2回変わってたはずだよ」
「2回?」
「一度獣人嫌いの国王――これは元国王の弟ね――に変わって、その後あの家系が乗っ取ったの」
簒奪?
乗っ取り?
俺が奴隷をしていた間に隣国で何があった?
「じゃあ、ステイシーは?」
「誰それ……ああ、七光の。そういえばあのあとどうなったか聞かない――ちょっとハル!!」
俺はあわてて転移した。
用心に用心を重ねて門番の近くに。いつもなら待ち合わせの秘密の場所に行ったのだがそうしなくてよかったと、城を見て思う。
城は様相が変わっていた。
外壁が高く、城下町からはまず見えないだろう。街の中に更に街があるような形だ。まるで国民を切り捨てるような形をしている。
そして門番達、彼らの姿は異様だった。
いや、彼らは人間だ、外見的に突出した異様さは感じない。しかしその顔、そして鎧、その全てが物語っている。
「奴隷兵士だ」
俺の幼馴染、姫ステイシーの国はあの教団に支配されていた。




