第23話 指輪と日程調整と影
「話が飛びすぎだよ、サヨ」
「だって、繋ぎ止めないとまたいなくなっちゃうでしょ」
サヨはさみしげな顔をした。
「いなくならない。大丈夫だよ。今度は、強くなるから。誰かに襲われても自分でなんとかできるように強く。そのためにここに来たんだよ。これからはできるだけ毎日、あー2日に一度は来るから」
「本当? 本当に? 信じていいの?」
俺は肯いた。
「じゃあこれあげるね」
サヨは桐の箱を開け、指輪をとりだした。銀色一色ではない。彼女が着ていた着物のように、光の加減で色が変わるが、それでいて派手でない指輪だ。
サヨはそれを俺の指にはめる。
「今は右手の薬指に付けるね。結婚したら左手の薬指につけるから」
その風習はこの国にもあるのか。
「いい職人に作らせて、絶対にハルに渡すって決めてたの。だから持っていって」
「わかった。ありがとう」
「泊まっていくでしょ?」
「いや、帰るよ。これから強くなるために忙しくなるんだ」
「そっか」
サヨは名残惜しそうに俺の右手を触った。俺の顔をじっと見上げる。
目を閉じる。
月が彼女の白い肌をより一層際立たせている。
俺はサヨに口づけをした。
「じゃあ、またすぐにね。絶対来てね」
「わかった」
俺は転移した。
◇
「今日はどこ行ってたの」
エルマの表情は剣呑だ。食事を食べてきたと言ったら「は?」といい、俺の右手のはめられた指輪を目ざとく見つけて追求してきた。
「村にお金を渡しに行って……その後剣術の師匠のところに」
「剣術? ……剣術……ドラゴン族のところ?」
「そうそう、まだ挨拶に行ってなかったからさ」
俺は苦しい笑いを浮かべてエルマに言った。
エルマはまたステーキにナイフを突き刺した。
「じゃあ、その指輪はあのサヨとかいう女にもらったのね?」
なんでそんなに昔のことをよく覚えているのか不思議に思う。俺は肯いた。
「それ外して」
「なんで」
「外して!!」
エルマは立ち上がると俺のもとまでやってきて、指輪を外そうとした。
バチン
と電気が走ったような感触がした。エルマの方はもっと甚大で後ろに倒れ込んでいた。
メイドが慌てて駆け寄りエルマを起こす。
「それ、ミスリルよね。よくもそんなものを」
エルマは親指の爪を噛んだ。
「こうなったら指を切って外そうかな」
なんて物騒なことを言っている。
「止めて。剣持てなくなる」
「大丈夫ちゃんと治癒してあげるから」
俺は思い切り首を振った。
「それで、なんで剣術なんか」
「強くなろうと思ってね」
「なんで」
「色んな人を守れるように」
そう言うとエルマはぼっと顔を赤くした。
「え……嘘……うれしい」
婉曲的に言ったとでも思っているのだろうが、結局その中にエルマも入っていることは事実なので放っておいた。
「でもそれなら私が教えるのに」
「剣術は竜族が一番だから。それに俺の足のこともあるし」
「そう」
なんとなく残念そうだ。
「毎日どこかに出かけることになるね」
「毎日!?」
エルマは怒鳴った。
「毎日なんて行く必要ないでしょ。それこそ7日に一度とか」
「早く強くなりたいんだよ。それに魔術も学びたいから」
「あの吸血女のところにいくのね」
エルマはまた睨む。流石にこちらに関しては俺もたじろぐ。
「だから一日置きに剣術と魔術を学ぼうと思ってる」
「私とのデートの日も挟んで。剣術も教えてあげる」
「でも」
「でももなにもないの! 私のほうが他のやつよりずっとハルのこと愛してるんだよ!! だったら長く過ごすのも当然でしょ!」
ナイフを向けてエルマは叫んだ。
こうなるともうどうしようもないので俺は渋々了承した。
「じゃあ、一日ずつ剣術と魔術を学んで、その次の日はエルマと過ごすよ」
「一週間って7日あるの知ってる?」
「うん」
「一日余るよね、それは私にくれるよね、安息日だよ?」
メイドが銅貨を落とした。なんとも演技臭い動きだった。
お前は金を借りてるんだぞ、そう言われている気がした。
「わかったよ、安息日は一緒に過ごす」
「よかった」
エルマは満面の笑みを浮かべた。
◇
とある国のとある、いや、ヘンリーを奴隷兵士として扱っていた異教の本部、その地下に数人の幹部と思われる男たちがいた。彼らは皆黒いローブをかぶり杖を手にして歩いていく。仄暗い廊下は延々と続くが、その先には紫色の光源が待っている。
先頭をいく老人が立ち止まると皆がそれに従った。老人は光を見上げる。
紫色の液体が光っており、それが部屋を照らす光源となっていた。
「始めろ」
老人が言うと、後ろに待機していたローブの幹部たちが作業を初めた。運び込まれてきたのは奴隷兵士の死体である。いや、死体と言うには体の形がおかしい。改造されている。
まるでオートマタのようだ。腕や足は金属で覆われている。顔は面がつけてあり、目の部分だけつり上がったような四角形に穴が空いている。鼻から下は仮面に覆われていないが、その腐敗具合から筋肉が露出している場所がある。
幹部たちはその口にホースを繋ぐとレバーを下ろした。
紫色の液体にごぼりと気泡が入り、ホースから液体が死体に流し込まれる。
レバーを戻す。
口から溢れた液体は地面を濡らし、しばらくすると気化した。
死体がびくんと跳ねる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ」
おぞましい叫び声、
産声。
「完成した。これで我らも……」
老人はほくそ笑んだ。




