第18話 償う術
心の霧が晴れる。俺の中にかすかに残っていたカエルは消えてしまった。泣き止んだ俺はすべてが恥ずかしくなって、熱い顔を両手で抑えた。
エルマはその夜、行為をしたかったんだと思う。でも、ただ俺を抱きしめて、微笑んで、安心をくれた。俺はエルマの抱擁に応えた。自然にほほえみが浮かんだ。
翌朝、俺はいつも抱えていた頭痛もなく、目を覚ました。エルマはすでに起きていて、愛おしげに「おはよう」と言って、俺の胸に顔をうずめた。
「おはよう」エルマの頭を撫でる。「ありがとう、エルマ」
「んーん」
彼女は目を閉じてキスをした。
最も謝らなければならない人たちはこの世にいない。俺は村々を飛び回った。
かつての俺、『無意識の俺』、エリオットと同じように他の奴隷兵士と同じように従うことで苦しさから逃げていた俺が破壊してしまった村々だ。杭を立てて祈った。すべての村が廃村で、畑は荒れ、家々の扉は襲撃時のまま破壊されていた。死体は動物や魔物に持っていかれるか食い荒らされて、骨が散らばっている。俺はできる限り拾い集めて、杭の近くに埋めてやった。
息を吐く。
罪自体は消えない。罰を受けるのは逃げだ。俺は『無意識の俺』を消してそれを知った。
罪は消えないが贖える、だろうか。
最後の村、すなわち、俺が正気を取り戻し、焼いた遺体を埋め、親子を助けた村に転移した。大人たちは畑を耕し、子供たちもそれにならって活動していたがどう考えても労働力も、期待される収穫量も足りないように見えた。
「来ていたんですか」
俺の助けた母親だった。手には鍬を持っていたが、取っ手に小さく血がついていた。開いた手は血豆がつぶれていて、痛々しい。
彼女は名をダラといった。夫を襲撃時に亡くしたらしい。その時、彼は畑を耕していた。真っ先に殺されたのだろう。
俺は頭を下げて、畑を見やった。彼女は俺の視線を追うと、ああとつぶやいて、
「今年は冬を越えられるかわかりません」そう言った。
「すいません」
「ああ、いえ、そんなつもりじゃ。申し訳ありません」ダラは慌てて言って頭を下げた。
エルマは言っていた。奴隷兵士がこの村を襲撃したとき、パーティはゴブリン退治をしていたと。クエストはこの村と隣村からの依頼だ。要するに、魔物を退けるためにも金はいる。そのほか、各種農具、種類、加えて労働力の確保にも金が必要だ。
俺は言った。
「俺が何とかします」
「え?」
彼女が言った時には、俺はその場からいなくなっていた。
その夜、いつものダイニング。メイドは壁のそばで置物のように動かず、俺を睨むこともせず平和である。フクロウが鳴いている。それ以外は木製の食器が触れ合う音、パンのちぎれる音、風が過ぎる小さな音まで聞こえる。
「エルマ、聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
「冒険者として倒して一番金が稼げる生物ってなんだ? あ、ドラゴンと魔族以外で」
「んー、それならミスリルゴーレムかな」
「倒したことあるの?」
「一回ね。すんごく大変だったけど」
「どうやって倒す?」
「まず一人では無理。魔法は全く通らないんだけど、ダンジョンだから地面をどうにか崩したりしてバランスを奪って、その後首を切り落とさないといけない。だけど、首の隙間がほとんどなくて狙って剣を通すのが難しい。おまけに縛り付けて動きを止めるってことができない。さっきも言ったけど対抗魔法を持ってて魔法が通らないからね」
「そうか」
俺が思案顔をしているとエルマが不思議そうに尋ねた。
「なんでいきなりそんなこときくの?」
「お金が欲しくてね」
「なんだ、言ってくれればいくらでも出すよ」
そうだった、忘れていた。エルマはこの豪邸を買ってメイドを雇えるほどには金持ちなのだった。
「そっか。じゃあ、悪いんだけどしばらく貸してほしい」
「あげるよ」
「それじゃあだめなんだ。罪の償いにならない」
「あ……」
エルマは黙ってしまった。
「すぐに用意してあげたいんだ。だからお願いします。貸してください。必ず返します」
俺は頭を下げてそういった。
「わかりました。貸しましょう」
エルマはそう言うと笑った。




