第15話 記憶 罪
どうしてこの人は来たんだろう。何をしに来たのか全くわからない。
もしかしたら、俺が来ていると聞いて村人が襲われるとでも思ったのかもしれない。彼は俺を見ると、いつも通り睨んだ。つかつかとやってきて見下ろす。成長期に食事をろくにとらせてもらえなかった俺は背が低い。こういう時に実感する。
「どうしてお前がここにいる」アゼルは俺の胸倉をつかんだ。襟を伸ばすのが好きなようだった。
「手伝いに来たんですが」
「どの面を下げて……」
騎士の二人は俺たちの周りでおろおろしている。それは村人たちも変わらない。
「お前らの……お前らのせいで、この村は……」
アゼルは右手を振りかぶった。彼は顔をどす黒くしていた。
きっと、彼にとってそんなことはどうでもいいのだ。俺が村に何もしていないことはアゼルにも理解できているはずだ。
だからこれは八つ当たりだ。俺とエルマのあの場面を見たアゼルは心底俺のことを憎んでいるのだろう。汚されたと思っているのだろう。メイドのように。
結局、アゼルは俺を放して、剣を地面に投げ出すと。突き刺さっていたスコップを引き抜いて無言で作業を始めた。
村の大人たちや、騎士二人は俺とアゼルと交互に眺めていたが、何も言わず作業を始めた。
十分なくらい穴が開いて、俺たちは焼けた遺体を埋葬する作業に移行した。皮同士が張り付いて一つになってしまっている体を手で運ぶのは困難だった。罰当たりな気もしたがスコップで掘り崩しながら、骨を埋めていく。
吐き気を催す村人たちが続出して、作業は俺とアゼル、それから騎士の二人が行っていた。アゼルは俺の方をちらりとも見ず、坦々と作業を続けている。
ふいに、俺は何かを思い出す。骨にスコップが当たる感触が、何かに似ている。それはおそらく骨を剣で断つ感触だ。突然、暴力的に脳を揺さぶられて、死んでいた記憶が戻ってきた。
夢。親子を襲う夢。その顔は違っている。俺は別の人間を襲っている。それはすでに夢ではない。
記憶。別の村を襲った記憶だ。
俺は嘘をついていた。
嘘をついていたんだ。
この村を襲ったのは初陣なんかじゃない。
心臓が真っ黒に染まっていく。罪悪感の正体がはっきりと霧の中からその姿を現した。
体全体が罪で濡れ、俺はパニックになって、嘔吐した。
騎士の二人が心配したが「大丈夫です」と断り、作業を続けた。
パニックは一過性。波のように引いていき、心に残っている感情は一つだけになっていた。
それは罰の欲望だった。
作業が終わったときにはすでに夜になっていた。何本もの杭を打ち立てて、墓の代わりにした。
風が吹いて、汗だくの体を冷やす。俺は目をつぶって祈った。顔も知らない村人たちに。こんなことは自己満足だとわかっている。俺は村人を殺した。その事実は変わらない。
俺や騎士たちが離れると、親を失った子供たちが墓に群がって泣き始めた。俺は彼らの姿を目に焼き付けた。
「アゼルさん」俺は子供たちを見ながら言った。
「なんだ」
アゼルは地面に足を伸ばして座ったまま、俺を見上げてそう言った。
「俺は嘘をついていました。アゼルさんの言う通りです」
「何の話だ」
彼は眉根を寄せて、俺を見上げている。
「さっき思いだしたんです。骨をスコップで砕いて、穴に埋めるうちに。あれは人を斬る感触に似ている。俺は村人を殺したことがあります。この村を襲ったのは初陣じゃない。ほかの村を一度か二度襲っているんです」
アゼルは地面に投げ出したままになっていた剣を取り上げて、引き抜き、俺に向けた。作業前に、俺の胸倉をつかんだときとは違う。八つ当たりだけではない。アゼルの目には正義の色が浮かんでいる。
「あそこで殺しておくべきだった。殺しておくべきだったんだ!」
状況が理解できない騎士たちはあわててアゼルを取り押さえた。
「待ってください! 何もそこまで」
「こいつはこの村を襲った奴隷兵士なんだよ! この村では一人も殺さなかったようだが、ほかの村を襲った時には命令にしたがって罪のない人を殺したんだ! 村の敵だ、こいつは!」
アゼルの言葉にぎょっとして、二人の騎士は俺を振り返る。
「本当なんですか」
「ええ。彼の言うことは正しい」
犬のようにうなり息を吐きだして、アゼルは俺を睨んでいる。そこには明確な殺意がある。
波のようにまた、罪悪感が襲ってきた。俺は罪人だ。罪人だ。
殺してくれ。
もう一押しすれば、アゼルは騎士二人の壁を押しのけて俺を殺してくれそうだった。彼を利用することに良心の呵責がないと言えば嘘になる。しかし自傷では足りないんだ。誰かに罰してもらわなければ。
俺は言った。
「アゼルさん。エルマはあの後何度も俺と――しましたよ」俺はにやりと笑った。
アゼルは一瞬何を言われたのかわからないようだった。エルマを汚したのは村人を殺した罪人だ。その理解が脳に到達したとき、
彼は吠えた。
彼は二人を突き飛ばし、俺の方へ走ってきた。剣を構える。
俺は立ち、彼を待つ。
斬れ。跡形もなく、肉塊にしてしまえばいい。
俺を殺してくれ。
剣が空気を切る音がする。俺は目をつぶる。
悲鳴が聞こえる。
「アゼル!」エルマの声がした。いつの間に来ていたんだろう。
金属のぶつかる高い音がした。目を開くと、エルマがアゼルの剣を弾き飛ばしていた。
アゼルは驚き、しかしすぐに怒りに俺を睨んだまま下がった。
「エルマ様! この男は嘘をついていました。過去に別の村の人間を殺しています。罪人ですよ」
エルマが剣を構えたまま俺を振り返った。
「思いだしたんだ。この村が初陣じゃないってこと」
「そう」エルマは言って、剣を下ろしアゼルの方を向いた。
アゼルとエルマは何かを話し合っていた。俺はぼうっとそれを見ていた。また、風が通り過ぎた。死ねると思ったのに。ドロッとした黒い何かが胸のなかに垂れ落ちて広がっていく。
「俺は赦せません」エルマとの口論の末にアゼルはそういうと、村を去っていった。
エルマはため息をついて、振り返った。
「ごめん……アゼルの代わりに謝る」
「いいよ謝んなくても。彼は正しいから。それよりどうしてここに?」
「私も祈りたかったんだよ。助けられなかった人たちのために」
エルマはそういって、泣き続ける子供たちのそばに行くと一緒に祈っていた。
話進まなくてすいません。
次回エロ回なんで勘弁してください。




