第14話 夢にうなされる
部屋に転移して、天井にぶら下がる光石ランプを開くと光がこぼれて空間が照らされる。
ベッドに座ると、ズボンをまくり上げて右足を眺めた。技術者の話では好きな形に義足は変形できるとのこと。俺は木製の杖のような義足をイメージした。魔法なのか、未知の技術なのか、一度黒い筒に戻った義足は、すぐに形を細くしてよくある形の義足に変わった。手触りも、見かけも完全に木製で、接地する部分には金属の覆いがかぶせてある。
感心して触れていると、足音が部屋の前まで来てノックされる。
入ってきたのはローブ姿のエルマだった。
「今帰ってきたの?」
「うん。義足を作ってもらったら遅くなって」
ああ、とエルマは納得したように言って、
「食事できてるよ。あと、お風呂入ってね」そういって一瞬にやりと笑って出て行った。
こんな頻度で風呂に入ったことなどない。昔は水浴びする程度だったし。エルマは異常なほどきれい好きなのかもしれない、病気と言ってもいい。俺はそんなことを考えながら、部屋を出て昨日食事をとった部屋にむかった。
メイドは朝と違って、置物のように静かに壁際に立っていた。それが逆に怖くて、俺は彼女を見ないようにしてパンをかじった。エルマはすでに食事が終わっていたにもかかわらず、じっと俺を見ている。
「なにしてるの?」俺は尋ねる。
「まだかなぁって」彼女は微笑む。
食事が終わると、強制的に風呂場に連れていかれ……。
俺は汗だくで枕に突っ伏していた。
「村は今どうなってるんだろう」半分死んだような顔をしながら俺は尋ねた。
なんで一日に二人も相手しなきゃならないんだ。体力は底をついていて、今すぐにでも眠りの海に沈みたかったが、溺れる子供のようにかろうじて顔を出して俺は尋ねた。
「騎士団が遺体の処理を手伝ってるみたい」
満足げな表情を浮かべて、濡れた肌を押しつけながら彼女は言った。汗がまじりあう。暑いから離れて欲しかったが体を動かす体力はない。
「俺も手伝いに行こうと思う」なぜかそう思った。たぶん昨日見た夢のせいだと思う。
「そう」エルマは言って、俺の頬にキスをした。
「えらいね。ハル」
んんん、とか言った気がする。その時にはすでに睡魔が完全に俺を飲み込んでしまっていた。
エルマが俺の首についた傷、カミラとリリスにかじられた部分に気づき触れたのを、俺はその時まだ知らなかった。
夢を見た。昨日と同じ夢だ。俺は奴隷兵士で鎧は血で汚れている。目の前にいるのはあの日助けた親子だ。母親が娘をかき抱いて、目をつぶっている。俺は容赦なく剣を振るう。
剣が止ま――らない。刀身が首に食い込む。
首を刎ねる。
女の頭が地面に転がる。水の入った瓶を倒したように、血が地面に広がる。
体が倒れて娘は首のない体に泣きついた。俺は娘を引きはがして馬車に連れていき、首に鎖を取り付けた。
はっと目を覚ます。
「大丈夫? うなされてたみたいだけど」エルマが鎧に着替えて立っていた。
「ああ、うん。大丈夫」俺は額の汗を拭いて答える。彼女はそうと答えて、思い出したように、
「騎士団に話を通しておくね」
そういって俺にキスをすると出て行った。心なしか目は暗く光っていたが、俺は気づかなかった。
起き上がると着替えて、メイドの攻撃を受ける前に家を出た。よく晴れた日だった。昨日は灰の振る冥府を歩いたから余計にそう思うのかもしれない。
街のなかを歩く。義足が石造りの地面に当たってかつかつと音を鳴らす。
騎士団の建物につくと、二人の騎士が立っていた。
「ヘンリー様でよろしいですか」
俺の義足を見て、黒い髪の男が言った。まだ若く、俺より一つか二つ上といったところ。髪は短く、前髪が逆立っている。
もう一人は女で、茶色い髪が後ろで束ねられていた。エルマの髪形に似ていた。意識しているのだろうか。メイドみたいに敵意むき出しだと困るのだけど。
男はトム、女はジーンと名乗った。騎士としての位についてまだ数年と言ったところ。下っ端なのだろう。
「遺体の処理に時間がかかっています」
ジーンはそういった。とりあえず上からの命令には従っているが俺がなぜ来たのかわからないといった様子だった。ともすれば、俺が元奴隷兵士だということすら知らないのかもしれない。
「できることはやりますよ。何でも言いつけてください」
俺はそういったが、二人は俺の脚を見て苦笑した。俺は自分の脚を見るとああとつぶやいて、
「スキルで空間転移ができるので、重いものは基本的に任せてもらえれば運びます」
二人は納得したようだった。
村に転移すると二人の大人が出迎えた。生き残った大人は少なく、10人に満たない。元は100人前後の村だったというのだからその壊滅ぶりがうかがえる。
出迎えた村人のうち一人は俺が手をかけそうになって逃がしたあの母親で、俺を見るなり一瞬目をそらしたが、
「先日はありがとうございました」頭を下げてそう言った。
俺は少したじろいだ。拍子抜けと言ってもいい。罵倒されるかと思っていたから身構えていた。それに夢のせいもあった。彼女を殺す光景がちらついて、俺はうつむいた。
「いえ……」そういったものの次の言葉が出てこない。
はっきり言って複雑だった。おそらく彼女もそうなのだろう。俺から目をそらし続けている。
雰囲気を感じ取ったのだろうか、騎士たちは俺達について何も言わず、もう一人の村人と話をして作業に取り掛かった。
村のはずれに死体が山になってできていたが、すでに焼かれ、個人の判別は不可能だ。奴隷兵士たちは鎧を外され、別の場所に埋められたか、あるいは山の中に捨てられたらしい。
俺たちは穴を掘っていく。作業はあまり進まず、日が暮れた。
それで翌日。
アゼルが手伝いに来た。




