第11話 魔王の城
「畜生が」
悪態をつきながら山を登る。完全に来る場所を間違えた。片足で登るにはこの坂はつらい。
俺はいま魔族たちの住む大陸に来ている。冥府とか地獄とか呼ばれる場所である。
冥府は地殻変動が激しく、火山が噴火し、灰が降ることもしばしば。時期が悪かったようで今日は雪のように灰が降り注いでいる。俺は布を口に巻いて山を登る。太陽は隠れ、灰によって紫色の雷が空を走っている。まるで、火山が灰と同時に雷も噴火したかのように、網目状に雷は空へと伸び、広がっている。
俺が登っている山が噴火することはない。いや、噴火しているのだろうがそのエネルギーは何かに利用されている。たぶん。
山の頂上には結界があって、その中に城がある。目的地はそこだ。はじめから転移すればいいのだが、それができないからこうしている。
この大陸は特殊な魔力が働いているのか、はたまた結界のせいなのか、転移スキルを発動したときに必ずしも同じ場所に出れるとは限らない。そのため、俺は城のなかを想像して転移したはずなのに、登山を敢行しなければならない事態に陥っているというわけ。
額の汗を拭きつつ結界の前に立つ。
牛なのか馬なのかよくわからない鼻の穴が顔の半分ぐらいあるんじゃないかという奇怪な顔をした魔族が二人、鎧を着て門の前に立って門番をやっている。
「あー、すいませんけど結界を開けて欲しいんですが」
俺の言葉に門番二人は顔を見合わせ、俺を睨んだ。
「▓▓▓▓▓▓▓、▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓ 」
あーこいつら人語しゃべれないやつらだ。なんでそんなのを門番にするかな。前の門番はもっと賢かったぞ。俺は何度か咳をして、発声練習をしてから、魔族の言葉で同じことを言った。
『人間、通さない』そんな返答をする。魔族の言葉でも片言かよ。
『俺は、カミラの友人だ。魔王の娘、わかるだろ。なんならリリスでもいい』
門番が俺の顔を睨む。
『魔王、今、四人いる。みんな、娘、いない』
どうやら俺が奴隷として剣を振っている間にいろいろと状況が変わったらしい。魔王が四人とは初耳だ。昔は一人の魔王がこの大陸を統治していたはずだが。
『そうか。いや、とにかく、カミラかリリスに会いに来たんだよ。いるだろ?』
『名前、覚えてない。いるか、わからない』
この馬鹿門番が。すでに俺の服は灰にまみれていて、肩や頭の上には山ができている。
らちが明かない。目の前なら正確に転移できるだろ。俺はイチかバチか、結界のなかに転移した。
転移は成功した、が門の前だ。門番が俺を見つけて、鼻息を荒くする。
『おまえ、怪しい。始末する』門番は剣を抜く。
あー、めんどくさい。
俺は必死で門のなかに転移する。階段が長い。門が開き、ふたりの門番がうなり声をあげて迫ってくる。片足で登るのは不利だ。何度も転移する。何度か階段から落ちそうな場所に転移してしまいよろける。門番は足が速い。
見える範囲で転移してはいるが、何せこの灰だ。遠くまで見ることができない。城の姿さえいまだ見えず、わずかな距離を転移し続ける。
ついに城の扉が見えた。
さらに二人の魔族兵士がそこにいた。
『侵入者だ!』後ろで門番が怒鳴る。俺は口につけていた布を外して叫んだ。
『違う! 俺はカミラの友人だ!』
魔族兵士は剣を抜き、俺の首をはねようとする。
が、片方の兵士がそれを止めた。鷹の頭を冠し、背に大きな翼を持つ兵士だった。
「ヘンリー様でいらっしゃいますか?」
よく顔を見ると、数年前まで門番をしていた兵士だった。
「そうです。うわ! 早くあの門番止めてください」
門番が剣を振りかざして迫ってくる。
「▓▓▓▓▓!」
門番が静止する。どうも魔法の類を使ったようで、やつらの周りだけ時が止まったように動かない。いや、依然灰は降り続けているのだけど。
「すみません。助かりました」
俺は幾度もの転移と階段の駆けあがりで息を切らしながら、吐き気を催しながらそう言った。
「いえいえ。大切なお客様にとんだご無礼を。申し訳ございません」
兵士は頭を下げると門に手をかけた。重厚な金属の扉が、ゴロゴロと音を立てながら開く。
「どうぞ、お入りください。案内のものに話は通しておきます」




