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第二話 主として、従僕として

セレネが死人を召喚したことは瞬く間に学院中に広まった。

高等部の一年のおちこぼれが、なにかよく分からない『人間』のようなものを召喚したと。


教授たちはこぞって興味を示したが、目撃者であるヴェント教授は思い出すことができないほど狼狽しており、話が聞けなかった。

居合わせた一年生の生徒たちも記憶が定かではなく、教授たちが駆け付けたころには全員が失神しているという前代未聞の怪事件として処理されようとしていた。


そんな、ほかの有象無象が右往左往している中、話題に上がっている二人は学院寮の一室で話をしていた。


「改めて。私はセレネ。魔王を目指すもの」


自信満々に名乗りを上げる猫少女セレネを、ヴラドは全く動じずに見つめる。


「魔王とは、どういった存在のことを指す」


ヴラドの知る魔王とは、恐怖の象徴であり、魔を統べるものであり、世界でも一番の邪悪と称されるほどの存在だ。

目の前の少女がそんな存在になりたがっているとは思えず、この世界での魔王とは何か、を聞いてみることにした。


「この世すべての魔術を極めた者のこと。その実力に於いて他の追随を許さず、現在の魔王を殺すことでしかその称号を得られない――すべての魔術士の夢ともいっていい」


ヴラドの知る魔王とは随分趣が違ったが、そんなものだろうと納得する。

ここは先ほどの地獄でも、日本でもないのだ。今ままでの常識は通用しないと見て間違いない。


だがそれでも、現在の魔王を『殺す』ことでしか魔王の称号を得られないというところに、ヴラドは愉悦を感じた。

10万年もの長い時間、穏やかな時間など無く、常に命の奪い合いをしていた身にとっては一番なじみ深く、かつ、興味をそそられることだったのだ。


「ほう……お前もまた、闘争に身を捧げる人間の一人というわけか」


『闘争』という言葉にセレネがピクリと反応する。

頭の上の耳を少し後ろ側に倒し、抗議の意を示した。


「闘争に身を捧げてはいない。『魔術』に身を捧げている。それより状況的に言って、あなたは私の使い魔であることは間違いない。……それと、私に『闘争』なんていらない」


その言葉を聞いた瞬間、ヴラドは笑いをこらえきれなくなった。

小娘が、何を言うのか。


そしてヴラドがなにより愉悦を感じたのは――自分に『闘争』を捨てるように命じてきたのが、自分の主になるという意味も覚悟も微塵もない、ただの小娘だということだ。


「クックック……! ハーッハッハッハッハ!」


「何がおかしいの」


嗤うヴラドを見てセレネはまたも不機嫌になるが、そんなこと知ったことではない、という風にヴラドは言葉を紡ぐ。


「ハッ……! なに、年端もいかぬ小娘が、随分と生意気なことを言うものだなと思ってな……。闘争なき生など、ただの家畜のような生き方ではないか」


「でも、あなたが私の使い魔であることは覆らない! 元来召喚とは主に従う強制契約のはず!」


傲岸不遜な態度が余程気に入らなかったのか、セレネは声を荒げて怒った。

怒気を孕んだセレネなぞ恐れることはないという風に、ヴラドは嘲笑を崩さず言葉を続ける。


「確かに、俺はお前の使い魔であろうが、お前の『モノ』ではないし、お前も俺の『モノ』にするつもりもない。よって、指図も受けぬ。俺は俺の意志でしか動かぬぞ」


信じられない、とセレネは目を丸くする。これも自分が未熟だったせいかと自問する。だが、セレネはすぐさまそれを否定した。

召喚魔術とは元来、決められた魔術陣を使うものであり、魔術行使による失敗はありえない。


召喚と契約は同時に行われるものなのだ。

これが自作の魔法陣であればそうはいかない。


おおむね、一般の魔術士が作成する魔術というものは『発動』と『発現』は同時ではない。

『発動』してから『発現』する。


例えば、火の玉を出す魔術であれば、その魔術方陣に魔力を注ぐと『発動』する。その後に、魔術方陣から火の玉が『発現』するのだ。

この場合、多くの魔力を消費する上に魔力が少ないと失敗のリスクも増加する。


だが、『召喚魔術』という神代の代物であれば話は別だ。

アレは『発動』と『発現』が同時に、並行処理がなされるのだ。


だから、『世界のどこかから動物や魔物を召喚する』という魔術と『主と使い魔の契約』はセットであり、正しく『発動』さえしてしまえば使い魔は主に服従するはずなのだ。


「ありえない。あなたは自分を使い魔だと認識しているにも関わらず、自分の意志で行動できるというの? あなたは自然の摂理の輪の中で生きている『人間』ではないのっ?」


自分の理論を目の前の、しかも自分が召喚した存在によって否定されることは、セレネにとって予想外もいいところだったのだ。


そして、セレネは知る。

自分が喚び出したものの正体を。


「クククッ……俺は――化け物だ。人間としての生など、とうの昔に捨てている」


「化け……もの?」


「そうだ。化け物だ。俺の頭のてっぺんからつま先まで、微塵も人間ではない。人間であることを許されていい訳がない。なぜなら俺は、神に『化け物であれ』と命を受けた者だからだ」


唖然とするセレネは、その言葉をかみ砕き、理解するまでに数秒を要した。

そして理解したその時には、目の前の存在の異常性と垣間見た彼の『強さ』に震えが走る。


だが、それでもセレネの目指す場所は変わることはない。


人間ではなく、しかも魔物でもない存在。そんなものを呼び出したのだが、セレネにとってはそんなこと問題ではなかった。

ヴラドが『闘争』を求めるのと同じく、セレネが求める『魔王』という称号は、ヴラドが化け物だからと言って揺らぐものではない。


「それでも私は、あなたの主であることに変わりはない! あなたと共に、魔王にならなければならない! 使い魔がいなければ私は魔術士と認められなくなってしまうっ!」


「フン。主になろうとしているものが、頭を下げて懇願するのか? ――お前はなぜそこまで、魔王という称号に固執する」


「っ……!」


ヴラドが問うと、セレネは俯き、唇を噛んだ。


「答える気はない……か。ククッ……」


ヴラドはセレネを見極める。

見たところ、年は14。化け物の嗅覚で処女とわかる。

そして、その魔王になりたい理由というものが彼女の『存在理由』そのものにつながる可能性があることも予測できた。


しばしの沈黙の後――ヴラドは言った。


「いいだろう。お前の身に危険が及べば俺が対処しよう。だが、それだけだ。俺が仕えるに値する主と認めたわけではない。しかし名目上は使い魔ということにしておけ。それぐらいなら目を瞑ろうじゃないか」


ぎゅっとセレネは拳を握る。

自分の力不足を恨んでいるのだ。


自分の力が不足していなければ、目の前の生意気な化け物を組み伏せて、自分が主だと声高々に宣言できるのだと考えていた。


「どうすれば……認めてもらえるの」


しかしそのセレネの思い込みは、全く違うものだった。


「――愚鈍な主よ。ああ、愚鈍な主だなお前は!」


ヴラドのいきなりの怒声に、セレネの身が反射的に委縮する。


「ともに歩く? 使い魔がいなければ魔王になれない? 召喚魔術は絶対――だと。笑わせてくれるッ! 自分が主だと、主であると欲するのならば――命ぜよ! 傲岸に、不遜に、命令するのだ! 『従え』とな!!」


唖然とする、というのはこういうことを言うのだろうかとセレネは思う。

あれだけの押し問答をしておいて、答えがソレなんてあんまりだと思ったのだ。


だが、同時に先ほどヴラドが言った『愚鈍』という言葉も変に納得できてしまった。


要するに、セレネは教えを受けていたのだ。

ヴラドが求める『主』という存在の在り方を。


その片鱗が垣間見えたと同時に、ヴラドを使い魔とすることは、相当な覚悟が必要だということも理解した。

セレネの予感では――ヴラドは、強い。おそらく、この世界の誰よりも。


しかも化け物だ。何をしでかすかわからない。彼にとってセレネが『ふさわしくない』主に変化したとき、おそらくセレネは殺されるのだろう。


そこまで思い至っても――セレネは、怯まなかった。


「なら、この私、セレネが命じる。お前は私の僕であり――意志の具現者。総身でもって我が意思を具現化する使命を帯びるもの! 私に従いなさいっ! ヴラド!!」


それを聞いて、ヴラドはすぐさまセレネの前に跪く。


「ククククク……! ハーッハッハッハッハ! いいだろう。その命令(オーダー)、この世界最強の吸血鬼である俺が承知した。これよりお前を我が主と認め、この心臓を捧げよう……」


跪いたヴラドを見下ろすセレネはこの日より、彼の主人としてふさわしい人物になれるよう決意した。

そして、召喚の儀式の最後の手順。


魔術的拘束力はないが、昔からの習わしで召喚士は使い魔とするものの身体のどこかにキスをしている。

それを実行しようと、セレネはヴラドの顔に自分の顔を近づける。


何の抵抗もなく、口づけは行われた。

ただし、ヴラドが絶妙なタイミングでセレネの唇を奪った。


「はむ、んちゅっ、んん!?」


ヴラドはセレネの舌に自分の舌を絡ませ、口内をたっぷりと蹂躙する。

そして、十数秒の後。


ようやくセレネの唇から離れたヴラドは不敵に笑った。

セレネは息も絶え絶えに上目遣いでヴラドを見やる。


「――ククッ、すまんな。いたずら心というやつだ」


「ばかぁああっ///」


平手打ちをしようかと手を振り上げたが、当然空振り。

ヴラドは変な笑いを上げながら、セレネは真っ赤になりながら、二人で室内鬼ごっこをするハメになった。


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