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第一話 使い魔召喚

ここは、ソアラ帝国の帝都にある――『ソアラ帝立魔術学院』。

戦士や商人を育成する学校もあるが、いずれも努力すれば身に付く代物ばかりである。


しかし、魔術師は違う。

魔術師とは、生まれ持った才能ですべてが決定される。


わかりやすく言えば、ソアラ帝国で出生したすべての赤子で、魔術の才能の片鱗があるものは、すべて魔術学院へと送られる。

本人の意思が尊重されるようになるのは、14歳になってからだ。


それまでは魔術師としての教育を施される。

なし崩し的に魔術師になるものも居れば、成績が芳しくなく、戦士や商人へ転向するものも少なくはない。


そんな魔術学院の庭では現在、今年14歳を迎え、魔術学院の高等部への進学を果たした者たちが集い、召喚の儀が行われていた。


「祝福の河、風の旅人。我が祈り、我が言葉が聞こえたのならば答え、その姿を現したまえ――出でよ、我が(しもべ)となりしものよ!」


緊張した面持ちで契約の言葉を並べる女子生徒。

庭の中心にあるミスリルで構成された舞台に魔術方陣が描かれる。


召喚の儀。

魔術師として生きることを決めた者たちは全員、召喚の儀を行うことを許される。


魔術師にとっての僕とは、一生を共にすることになるパートナーである。

一般的には使い魔というが、このパートナーと術者の関係はこの儀式によって永久のものとなるのだ。


使い魔が強ければそれだけ術者の力が認められやすく、逆にどれだけ魔術師として優れていようとも、使い魔が貧弱であれば無能と蔑まれるのだ。


そんな魔術師にとって一世一代のイベントである召喚の儀。

女子生徒が召喚したのは、ウィンドドラゴンだった。


「ウィンドドラゴン……! Aランクの使い魔ですね……上位の使い魔ですよミサさん」


手をたたいて祝福する壮齢の男性に向かって、女子生徒はお辞儀する。


「ありがとうございます。ヴェント教授……! これからも頑張ります!」


周囲の生徒たちも、最初から高位の使い魔が見れたことにより、喝采を惜しまない。

ミサと呼ばれた女生徒は召喚したウィンドドラゴンの頭に唇をつけ、契約を済ませた。


「すごいな。まさかうちのクラスからAランクが出るなんて……」

「何言ってんだ。優秀なミサさんなら当然だろ」

「よし、俺はミサさんに並び立つためにAランク以上を引き当てて見せるぜ」


騒がしくなる外野たちには目もくれず、ウィンドドラゴンを連れたミサは召喚を終えた者が座る席に腰かけた。

(ウィンドドラゴンは図体が大きいので、ミサの隣に魔法で専用のスペースが作られていた)


そのまま儀式は進んでいき、才能ある魔術師たちはそろってCランク以上の使い魔を召喚していた。

そして、最後に残った――1人の少女。


目は澄んだ水色をしており、腰まであろう髪の毛は銀色。

そして、本来人にあるべき普通の耳はなく、頭の上のほうにぴょこん、と二つ猫の耳が生えている。


獣人と呼ばれる種族の少女だ。


「でたぞ。能無しだ」

「あいつ、まだ魔術師目指してるのか」

「どうせ大したもん召喚できないだろ。やるだけ無駄だ」

「Fランクの使い魔でも召喚できるだけマシだろ? ま、あいつが召喚術使えるとは思えないけど」


ミサの時とは別の意味で騒がしくなる外野。

彼女は、そう。


「セレネ。もう一度問います。『魔力:F』であるあなたにはこの先は茨の道……。別の道に進んでも、神は許してくださるでしょう」


教授であるヴェントが問うと、セレネは静かに頷いた。

魔力:F。それは基準値で言えば最低の魔術素養。


この値と判定された人間は魔術学院に入るかどうかは希望制となる。

それは、あまりにも能力がなく、便宜的に希望制としているだけで、本来であれば戦士や商人の人生を行くものがほとんどだ。


だが、ここに立っているセレネは、迷いなく魔術学院に入学した変わり者。

そして、その能力の低さから付いたあだ名は『おちこぼれ』。そう周囲からは認識されている。


「……自分の道は、自分で決める」


その佇まいからは、固い決意が伺えた。

よかれと思って忠告したヴェントは浅くため息を吐いた。


「ならば、好きなようにやりなさい」


「……」


セレネはそれ以上ヴェントとは言葉を交わさず、あまたの使い魔をこの世界に喚び寄せてきた舞台の上に立つ。

そして、召喚の魔術を行使し、頭に浮かんできた言葉を詠唱する。


「……紅血の、一族。……牙、の、系譜。黒、の、衣」


そこで一度言葉を区切る。

詠唱は一語一語に魔力を必要とする為、セレネにとっては負担が大きいのだ。


「わが、いのり、わが……ことば、が、聞こえたのならば、答え……」


脂汗を垂らすセレネを見て、他の生徒たちは苦笑する。

今にも倒れそうなその姿からは、とても強い使い魔が出現するとは思えない。


それでも、セレネは意識をしっかりと持ち、詠唱を続ける。


「その、姿を、現し、たまえ……」


一語一語に、ありったけの魔力と願いを込める。

秘めた願い。誰にも負けない、強い意志。


外野からクスクスと声がするも、セレネの耳には届かない。

全神経を、全存在を、この召喚に費やしているからだ。




「出でよ……。我が、しもべと、なりし――ものよっ!!!!」




詠唱を終えた瞬間、黒を幻視する風が吹き荒れ、魔術方陣が赤い稲妻を帯びる。

今までにない強烈な状況に、生徒の嘲笑が掻き消える。


そして烈風が収まり、舞台に現れていたものを見て、ひとりの生徒が声を上げた。



「おい、見ろよアレ――棺桶だぜ!?」



そう。現れたのは成人男性がすっぽりと収まりそうなほど巨大な黒い棺。

それは、魔術師の間では常識となっているほどの象徴。


「あっはっはっは! 『おちこぼれ』が死人を召喚したぞ!」


「死霊使いにでもなるつもりかよ!? 精霊使ったほうが強いってーの!」


会場全体がセレネを笑いものにする。

それは当然。彼女が棺桶を召喚したからだ。


黒い棺というのは、魔術師でも本当に能力のないものが召喚術を行使すると現れるものなのだ。

異界の化け物でもなく、ただの人間を召喚対象にするしかないほどの魔力しかないからだ。


だから、棺を召喚してしまったということは、死人を使い魔にするということ――無能の証明ということだ。


だがしかし――今回ばかりは訳が違った。


遠巻きに笑いながら見ていたもの達は、気づく。

ヴェント教授も、セレネも、微動だにしていないことに。


「なんだ? 教授もセレネも何やってんだ……?」


しばらくしても動かない。

その光景を見ていた者たちは次第に笑うことをやめ、疑問からセレネと教授を見た。


その時だった。



――ガゴン。



動かないはずの棺の蓋が勝手に開き――中から背丈2メートルはあろうかという長身の男が現れた。

髪の毛は血のようにどす黒い長髪。顔色が悪いが顔立ちは整っている。



そしてなにより特徴的なものがあり――異様なまでのプレッシャーを放っていた。



その姿を見た瞬間、その場にいた全員が恐怖した。

足が震え、歯の奥がガチガチと勝手に震えて音を鳴らす。


「セ、セレネ! 今すぐ『ソレ』をもとの世界に返しなさい!!!!!」


ヴェントの絶叫が響き渡った。

しかし、セレネはヴェントの言葉に耳を貸すこともなく、圧倒的なプレッシャーの中を無言で進んでいき、男の前に立った。


「……あなた、わたしの使い魔?」


「ふむ。そういう『召喚』……か」


セレネの言葉を聞いて男は考え込む。


「聞こえてる? そのプレッシャー、収めて」


耳が遠いのかと思い、ちょっと強めにセレネが声をかけると、ようやく男のほうに反応が見られた。


「ん? ああ、そうか。この程度でも普通の人間には耐えられないのだな……クククッ」


一気に満たされていた濃厚な死の気配がなくなり、ヴェント教授や生徒たちの腰が抜けた。


「……それで、あなたは私の使い魔?」


「知らん。呼び出したのはそっちだろう。美しいお嬢さん?」


「むぅ……なら、名前を聞かせて。私はセレネ」


名を名乗ったセレネを見て、驚いたように目を見開く男。


「簡単に名乗るんだな。……いいだろう。俺の名は、ヴラドという」


「なら、ヴラド。ついてきて」


「……ちょっと待て。色々説明を省きすぎだろう」


「問題ない。説明はちゃんとする。ここじゃ人の目が多すぎる」


舞台を降りてヴェント教授のほうを見向きもせずに、男とセレネは学院寮の方へと歩いて行った。


得体のしれない男と並んで歩くセレネの背中に声を掛けられるものは、誰一人としていなかった。


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