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第?話 この人痴漢です!

「この人痴漢です!」


駅に着いたばかりの電車内に若い女性の声が響いた。

俺は口から心臓が飛び出るほどビビった。


ああ。ビビったよ。

だって、声の主が俺のこと指さしてるんだもん。


「はぁ!? 何言ってんだよっ!?」


俺は両手をあげてやってないアピールをした。

だが、悲しいかな。

周囲の目線が俺に集まると同時に、視線が侮蔑のソレに変わる。


そりゃそうだろう。

ムダ毛処理もしてない30代後半のデブなおっさんだもんな。俺。


「何言ってんのはこっちのセリフよっ! ホントしんじらんない!」


信じられないのはこっちだって同じだよこの野郎。

ああ、ほら、近くにいるお兄さん。その嘘つきをかばって俺のこと睨むのやめろよ。


……こういうときどうすればいいんだったかな。

逃げればいいんだっけ?


そんなことを考えていたら、ガタイのいいお兄さんが目の前に来ていた。


「被害者がこう言ってるんだ。アンタ、もう逃げられないぞ」


「うるせぇ筋肉だるまめ! 俺はやってない!」


何事かと騒ぐ乗客たちの合間を縫って、うまく俺はホームへと抜ける。


「あっ、待てやコラ!!」


ちょっと後ろを向いたら鬼のような形相で筋肉が追いかけてきた。

ヤバイ、と直感する。


アレに捕まったら強制的に嘘の証言をとらされ、俺の人生が終わる。


全力で駅のホームを駆け抜ける。

人にぶつかるがお構いなしだ。


途中、警察や駅員っぽい奴らも加わって俺を追い回し始める。

――神は非情だ。


会社では後ろ指を指されて、アパートでは寂しい一人暮らしだ。


なぜそんな俺がこんな目に合わなければならないのか?

走りながらそんなことを考える。


そもそも、40近いおっさんをなんで追い回すんだ。

ほら、息が、切れて……もう走れん!!


体力の限界が来たその時、不意に横から飛び出してきた高校生のガキとぶつかった。


そのガキは急いでいたようで、思い切りぶつかった。


当然質量は俺のほうが上なのだが、疲れていることも相まって、バランスは容易に崩れる。


そうして――気付いた時には線路上に身が投げ出されていた。


駅のホームに悲鳴が響き渡る。


瞬間、俺の視界には勢いよく突っ込んでくる電車が――。








「お主は死んだのじゃ」






その一言で、朧気だった意識が浮上した。

目の前には白髪の爺さん。そして周囲はどこまでも見渡せる青い空。


ここはどこだと問う前に、聞かなければならないことが山ほどある。


「死んだ? 俺が?」


「そうじゃ」


「なんで?」


「電車とかいうのにぶつかったようじゃな? 即死だったらしいぞい」


アホか、と一瞬思ったが、記憶がはっきりしてきたぞ。


「確か俺は……痴漢に間違われて逃げたはずなんだけど……」


「そうじゃな。逃げてる途中で本来死ぬはずだった『八神 正太郎』にぶつかって、おぬしが死んだというわけじゃな」


「……はぁ……そういうことか。大体予想はつくが、アンタ、誰だ」


「神じゃよ。しかし失礼なおっさんじゃな。敬語くらい使え」


そこで俺はブチギレた。

それはもうキレっキレだ。


「お前ふざけんじゃねぇよっ!? 小学校のころ給食費盗まれたっつって俺さんざんいじめられた挙句、中学生になって好きな子に告白したら『見た目が嫌』って理由でびんたかまされたんだぞ!? あれも全部お前のせいなんだろ!? しかも高校生になってまた好きな子に告白したら『臭い』って言われてクラス中の笑いものにされた挙句、就活では30社受けたけど全滅、5年のニート期間を経てようやく就職したと思ったら今度はブラックすぎる企業で心病んで実質クビ! そんで再就職してこれからって時に痴漢の冤罪で、しかも手違いでお前に殺されたんだろ!? お前ふざけんじゃねぇよ!? F〇CKだよマジで!! FU〇KKKKK!!」


ありったけの不満をぶつける。

もし神様がいたら絶対文句言ってやるって決めてたんだ。


「まぁ落ち着くんじゃ。デブ。確かにおぬしの生涯はこの上なく愉快――おっと失礼。悲運なものであったが、わしには関係な――ふべっ!?」


俺の振り上げた右手が真っ赤に燃えて、神様の頬にぶちあたった。

人を殴ったのなんて久しぶりだ。


だが、後悔はしてない!


「な、殴ったな!? 神であるわしを殴るとは……なんというデブじゃ! わびとして転生させてやろうかと思うたが気が変わった! お前みたいなデブは――ぶげはぁぁっ!!??」


「うるせえええええ! さっきからデブデブいいやがって! 俺にはちゃんと名前があるんだよ! 死ねこのクソ神!!」


マウントを取って両腕で思いきり神の顔面に拳を入れまくる。


「ひぇ、ちょ、まて、ぶぐ、すまっ、がぶへ、殴っ、ぶぐふぅ」


体感的には数時間殴っていたと思う。

ようやく俺の気持ちが落ち着いたころ、ボロキレのようになった神がそこにいた。


「……」


ピクピク動いているところを見ていると、どうやら生きてはいるようだ。

ちっ、と舌打ちをする。


「反省したか?」


「……クソ生意気な奴じゃ……。ひっ、拳を振り上げるな! 悪かったといっとるじゃろう!」


おぉ、殊勝な態度になったぞこの神様。


「悪かったってことは、少しは悪いと思ってるんだよな?」


「フン、こうしてワシがおぬしに会ったのは神様規則に則って仕方なくじゃ。おぬしは確かにワシのミスで死んだが、ワシがおぬしに謝る義理はないじゃろう――」


もう一度、拳を振り上げる。顔面をガードする神にフェイントをかけてのボディブロー。


「ぐぬぅ――!? くそデブ――ぶげはぁっ! も、なんでそんなに元気なんじゃおぬし!? やめい、殴るのやめい!!」


「ウー、ハー!!」


「ぬぅっっ!! ぐぶぅっ!! おぇぇ!!」


際限なくボディブローをかましてやる。

ここは死後の世界。疲れなんてないのだ。


体感五時間。

すっかり大人しくなった神が謝罪の言葉を口にしたのは、それくらいの時間がたってからだった。


「正直、すまんかった」


「はぁ……別にもういいよ。元凶であるアンタを殴れたからな」


復讐は終わった。

復讐を終えた後というのは、どうにも気持ちよくない。


終わった人生は、戻らないのだ。

いくら神を殴ったところで、過ぎた過去は変えられない。


「……あれほどまでにワシを恨んでおったのか」


「当たり前だろ。あんな人生、認めてたまるか」


「童貞じゃしなw ぷくく」


「もう一回やんぞおら」


「うそじゃすまん」


小生意気なクソ神様だ。

だが、ようやく事実を飲み込むことができてきた。


俺は死んで、これから――これからどうなんだろう?

ふと疑問に思ったその時、タイミングよく神が口を開いた。


「ふむ……ならば、おぬしに選択肢をやろう」


「選択肢……?」


「そうじゃ。ワシからお主に提案じゃ」


「聞くだけ聞いてやるよ……」


一息ついて、神様は俺に提案してきた。


「ひとつ、同じ世界に新しく生まれ直すこと。もちろん、今度はバラ色の人生を保証してやろう」


ほう。それはいい案だ。だが問題がある。


「記憶は保ったままになるのか?」


「いんや。魂はそのままじゃが、記憶はなくなるのう」


「悪いが爺さん。俺はもう人間になる気はないぞ」


「まぁまぁ話は最後まで聞くのじゃ。二つ目はそうじゃな。こことは異なる世界……おぬしの望んだ世界で第二の人生とかはどうじゃ? はやりじゃろ? 勇者とか、ハーレムとか」


流行りってそれ、異世界転生ってことか。

勇者にハーレム……魅力的ではあるが、もう俺は人間を信じる心はない。


おそらくその世界に行っても、女関係や王様との確執で悲惨な最期を辿るだろう。


「なんと、これも嫌だというのか? では何が望みじゃ。言ってみるがよい」


なんか急に偉そうになったが、神の目はこれまでになく真剣だ。


しばし俺は考える。

人間や社会に縛られる存在はもう嫌だ。だが、娯楽は娯楽で楽しめるような生がいい。


そして、俺はピンと閃いた。


「化け物」


「は?」


素っ頓狂な声を上げる神様。丸く目を見開いていた。


「だから、化け物。吸血鬼みたいな、ヒトにも化けられるやつな。だけど弱くちゃ話にならない。強い化け物に……なりたい」


俺が希望を告げると、じっと俺の目を見つめてきた。

なにか、心の奥底に眠る何かを見据えられているようで、居心地が悪い。


「本気のようじゃな。……よいじゃろう。その希望、叶えてやろう」


「本当か?」


「ここで嘘を言ってどうする。じゃが、強い化け物になるには特殊な訓練が必要じゃ。……それさえ終われば、化け物として悠々自適に生活できる世界に送り込むよう、おぬしの師匠になるものに伝えておく」


「訓練? まぁ……それ受けるだけで生活できるようになるなら、やるさ」


「んむ。では――『全世界最凶の化け物』のところに転送するぞい」


「は? ちょっ、ま、俺そんなハードル高いの望んでな――!?」


俺の抗議がクソ神のところに届くことはなく、意識はすでに別な次元へと飛ばされていた。









「お前がここを出られる条件は一つだけ。お前がオレを殺せるまでだ」







これぞ地獄。というような血みどろの荒野の中、俺は一人の男の目の前に立っていた。

背丈は俺よりすこしデカいくらいだ。190cmはあるだろうか。


声はハスキーボイスで腰にくる……のだが、強大なプレッシャーを放つ目の前の『人であろう』存在のせいで、まともに口を開けなかった。

ガタガタと膝が震え、本能が逃げろと絶叫している。


「ああそうか……。話せるようになるまで時間がかかるだろう。ククッ……いつまでも待ってやる。暇つぶしに……そうさな、お前の首を千回ほど切り落とすとしよう」


「!?」


身動き一つできやしないのに、俺の視界が宙を舞う。

直感的に、首を切られたことがわかる。


だが、それも数秒のこと。

きれいに分かたれた首の断面に、飛んだ頭部が引き寄せられ、元通り。


「そう。ここでのお前は紛うことなき化け物よ。だが、最強かと問われれば……答えはノーだ。首を切り落とされても、体を粉微塵にされても、脳漿をぶちまけようとも、内臓をすべて掻き出されようとも……死なぬ。だからオレに挑め。オレにはそれしか娯楽がないのだ」


言いながら、またも俺の視界が宙を舞う。

そこでようやく、俺の首を切っている得物が何なのかわかった。


素手だった。

奴は何も持たずに、俺の首を切断していたのだ。


――訳が分からない!


「気がおかしくなりそうだろう? だが心配するな。壊れはしないだろうよ。元素の神たるものから『化け物』の力を授かったんだ。オレと同じでな。……壊れてしまいたくても壊れない。死にたくても死ねない。だから、蹂躙するしかないのだ。オレたちという生き物は」


男は、本当に、心底楽しそうに、そんなことを口にしていた。



――――――――――



あの男の言うとおりだった。

最初は気が狂うかと思った。日常生活でまず感じることのないほどの痛みと、プレッシャーによる精神的苦痛。


だがそれでも俺の心は壊れなかった。

心の奥底で、『まだ俺にはこいつを殺せない』と思うだけだ。


そうして、首を落とされ続けて五年。ようやく動けるようになった。


「ほう。早かったな。だが避けなければ雑魚同然よ」


再び首が飛んだ。


――――――――――



満足に攻撃を避けられるようになるまで、五百年の月日を要した。

昼夜問わず、ずっと目の前の地獄の男は俺に攻撃を仕掛けてくる。


俺もそれを見切り、避けることに成功するようになってきた。



「いいぞ、だが、これはどうかな?」


男の腕が長くなり、俺の心臓を貫いた。



――――――――――



多彩な攻撃を凌げるようになるまで、さらに三百年の月日を要した。

いまだにこちらからは攻撃できるようになっていない。


「避けるばかりでは闘争ではない。恥を知れ」


複数の魔術を使った全方位攻撃であっけなく俺は死ぬ。

なんとか奴を殺せる方法を考えなければならない。



――――――――――



攻撃方法を見つけるまでさらに二百年。

男のように体を変幻自在に操れるようになっていることに今まで気づかなかった。


ギリギリまで追い込めるようになったが、それでも最後は嗤って男に殺される。


勝てるビジョンが見えない。


そして今日も夥しい量の血が大地に流れ落ちる。



――――――――――



総ての攻撃を見切れるようになったというのに、男はいまだに底を見せない。

終いには「だらしないぞ」とまで言われる始末。


「オレを、殺せ」


うわごとのように呟く男。


「死にたいのか?」


聞き返すが男は何も返さない。


「名前はないのか?」


そう問うと、男は答えた。


「オレを殺せたのならば、その時に教えてやろう」


俺の両足が、地面から生えた血の剣によって両断された。



――――――――――



そしてついに。


俺の手が奴の心臓を貫いた。


「……ククッ……ようやく、か」


「名前、教えてくれるんだろ?」


「まだ、オレは死んでいない」


そこで俺は絶句する。

もしやとは思っていたが、ようやく致命傷を負わせたというのに、奴も俺と同じように再生したのだ。


「いつまで続ければいい」


「オレが死ぬまで……そう言ったはずだが?」


「……何回、殺せばいい」


それを聞くと、出会ってから初めて、男の美麗な顔が愉悦の色を浮かべた。

獰猛な、それでいて楽しくて仕方がないというような、笑顔。


「――5000万だな」


「てめぇ……くっそ、やってやるよ!!」



―――――――――――



それから、何十回も、何百回も俺と男は殺しあった。

殺されると同時にカウンターを出して殺したこともある。


すでに男と出会ってからは時間の感覚が麻痺してしまっている。

今では魔力というものも理解できているし、魔法だって思いのままだ。


工夫に工夫を重ねて、本気の殺し合いを男と繰り広げた。

今や髪の毛一本から足の小指の先――はたまた空気中の元素だって俺たちの武器だ。


意志だけで概念ごと消滅させられる力も理解したが、目の前の男には何故か効果がなかった。


楽しくて楽しくて、永遠にこの時が続けばいい、と思うこともあった。


それはどうやら男も同じだったようで、男の命を奪ったのが300万を超えたあたりは、二人して馬鹿笑いしながらまた殺しあった。

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