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夏の木漏れ日〜捕まえたのはどちら?〜

作者: のれん

初投稿になります。恐らく拙い文章です。

宜しくお願いします。

 

  小学5年生の夏休み、母は僕を連れて母の実家に帰省した。父はどうしても仕事の都合がつかなかったらしい。


  僕の家は都会にあるが、実家は田舎だった。山に囲まれ、田園風景が広がる自然豊かな町である。そう言えば聞こえはいいが、結局は何もないところだった。


「せっかくおじいちゃんとおばあちゃんに会いに来たのに、いつもみたいにゲームばっかりしてたらダメだからね!」

  母はそう言うと、僕からゲームを取り上げた。


  それから僕はずっと憂鬱だった。

(外で遊ぶよりも、家の中でゲームをしてる方が楽しいのに。)


  何もやることがなくて暇だった。夏休みの宿題は……知らん。 やりたくないから持ってこなかった。あとで母にバレて、すっごい叱られた。


  今は午前10時。お母さんはおばあちゃんと昼飯の支度や晩ご飯の仕込みをしていて、おじいちゃんは農作業に出かけた。


「子供は遊ぶのが仕事だからのぉ」

  おばあちゃんがそう言ったから、家でゴロゴロするのも申し訳なく外に遊びに行った。母は遠くに行かないようにとだけ言われた。


  外に出たからといって何をすることもない。ただ家の周りを散策するだけだ。


  家の前にはアスファルトのない地面の道が続く。興味のない花や昆虫などを見ながら道に沿って少し歩いていく。



(ああ…暑い。そういえば今年は例年にない猛暑になるとニュースでやってた。それにセミがうるさい。やっぱり家に戻ったほうがいい。うん、そうしよう。)



  そう思って帰ろうとした時、「アハハ!」「ウフフ!」と子供のような声が森の中から聞こえた。


(町の子供たちが遊んでいるんだろうか?)

  そう思い、田んぼの間の道を通って森の中に入っていった。


  僕は、人見知りが激しい方だから、普段は、子供がいたからといってわざわざその遊びに加わることはない。


  でもこの時は、なんだか不思議な感覚がした。その森に入らなければならない。そんな使命感を感じた


  山なんて慣れてないし、子供にとって道のない所を歩くのは一苦労だった。茂みを掻き分けながら進んでいたが、歩いても、歩いても全然声が大きく聞こえてこなかった。最初は僕が歩くのが遅いからだと思ったが、そうではない。この森の中に囚われてしまったような感覚だった。



(帰った方がいいのだろうか)

  そう思った時、さっき聞いた声とは違う大人の女性の声と男の低い声が聞こえてきた。先程までそこにあったのだろうかと思うぐらい大きな大樹がそびえ立っていた。声はその裏側から聞こえた。



「最近はここら辺も人が少なくなってきたねぇ。」

「最近は都市とかいう場所に行く人が多いようです。」

「まあ、私としてはこの山にさえちょっかい出してこなければ、別にどうということはないけど、少し寂しい気もするねぇ。」

「しかし、元々我らの姿を見れる人は限られてます。貴方様が気にする必要もないのでは?」

「それでも、いた方が賑やかな気がするけどねえ。」



  僕は茂みに隠れながら、ゆっくりと大樹の方まで歩いて行き、木の根元から顔を出して、声のする方を見た。僕の心臓はさっきからずっとドクンドクンと強く鳴っている。


  さっきの声の主が見えた。その瞬間、僕はその姿に釘付けになった。


  周りの草木の緑とは全く違う深緑色一色のシンプルな着物を纏って、肌の白さが際立っている。真っ黒な髪は留めずに垂らしていて、腰までの長さがある。髪と同じ黒色の瞳は吸い込まれそうな美しさだ。そして、何よりも異質なのは、彼女の額だ。角が額から一本生えている。



(鬼? え、嘘じゃないよね?)

  頭の中で鬼だと理解しても、何故だか恐怖心は出てこなかった。


(もっと近くで見てみたい)

  そう思い、一歩前に進むと小枝を踏みつけてしまい、ボキッ!と音が出た。


(不味い!)

  引き返そうとしても、遅かった。


「誰だ!」

  男の低い声が響いた。そういえば、男の低い声に当たるような男性は、女性の近くにいなかったような気がする。


  仕方なく、大樹の裏から出た。心臓はまだ強くなっている。


「子供?」

  女の鬼が呟いた。


  僕は女の鬼を見つめた。そうしたら、彼女の足元で何か黒い物体が動いた。よくよく見ると、それはカラスだった。


  カラスは口を開いて、言った。

「子供が何故ここにいる!」


  もう僕は訳がわかんなくなった。よくアニメや漫画で出てくる鬼はいるし、喋るカラスはいるし。どうしようもなく、放心状態で突っ立ってたら、ゆっくりと女の鬼が近づいてきた。


  こんなにも近くに鬼がいるのに、やっぱり怖くは感じない。そして、女の鬼が目の前に来た。


「何をしておられるのですか?そんな子供に近づいては……」

  カラスが話す途中で、女の鬼は「黙りなさい。」とピシャリと言った。

  烏は少し気まずそうになった。


  そして女の鬼は僕にこう問いかけた。

「坊や、どうやってここまで来たの?」

 優しい声だった。


「道を歩いていたら、森から声が聞こえたんだ。子供たちの声が。そしたら、なんだか入らなきゃいけないと思って。」


「そう、森の精たちに導かれたのね。」


「森の精?」


「ふふ、周りをよくごらんなさい。」


  僕は周りを見渡した。そしたら、何やら輝く物体がフワフワと周りに浮かんでいる。他にも見たことのないような生物がいる。甲羅の上に向日葵が咲いている亀、虹色に輝く透明な羽を持つ蝶々、尻尾が3本ある狐など色々だ。


「何これ、すごい……。」


「私たちが見えるだけでも珍しいのに、こんなにも森の精たちに惹かれるなんて、ここ100年で一番の驚きだわ。」


「でもまだ、子供でしょう。大人になれば、分かりませんよ。」


「はあ、貴方はそう頭が硬いからいけないのよ。」


「なっ! 私はいつも貴方様のことを思って……」


「分かってるわ。まあ、確かにまだ子供よね。そうね……」

 女の鬼は少し悩んだ後、手をパンッとたたいた。


「では、唾をつけときましょう。」


  そう言うと、すぐに女の鬼は僕の両肩を掴んで顔を僕の耳元に寄せた。そして、ペロッと僕の耳を舐めた。


「「えっ!」」

  僕とカラスの声が重なった。


  僕は自分の顔が熱を帯びてくるのを感じた。多分僕の顔は真っ赤になっているだろう。


「うふふ、可愛らしいわ。ねぇ坊や、もし坊やが大きくなったときにまだ私たちに会いたいと思うならば、この場所に来なさい。坊やはまだ子供、これ以上こちら側にいるのは良くないわ。でも、これだけは覚えてちょうだい。次は帰り道を示してはあげられない。」


「え、どういうこと?」


  女の鬼は微笑んで、「じゃあね、坊や。」と言った。


  その瞬間、突風が吹いた。僕は反射的に目を閉じた。そして再び目を開けると、僕がさっき山に入った入口の所まで戻ってきていた。


(今のはなんだったんだ。)


  そう考えていると母の声が聞こえた。僕の名前を呼んでいる。


「母さん」


「もう! 一体どこまで行ってたの!」


「えっ…」


「もう昼の1時過ぎよ。」



(嘘だ。1時間ぐらいしか経ってない気がしたのに。3時間以上経ってるなんて)

  僕は顔が少しずつ青ざめていくのを感じた。さっきまでの異質の空間を今になって理解し始めた。


  母はそんな僕を見て、声をかけた。

「ちょっと、具合でも悪いの?」


「ううん。大丈夫。ちょっと陽に当たりすぎただけ。」


  母は少し心配そうにして言った。

「家に帰ったらちゃんと水分摂りなさいよ。」


「うん。」

(後で多分どこに行ったか聞かれるから、とりあえず言い訳考えないと。)


  そう考えることでさっきの出来事についての理解を後回しにした。




 ***




 森の奥深くに佇む小さな家にて


「貴方様は本当に不思議な事をなさる。」

  女の鬼の側にいるカラスの声は半分諦めに近いようだった


「別にいいでしょう。あれぐらい。」

  女の鬼は悪びれもせず、柱にもたれ掛かれながら座り、煙管をふかしている。


「良い、悪いではなくてですね。なんと言いますか、突拍子のない事をしないでください。貴方様は、この山の……」


「知っているわ。だからこそ、私はあの坊やに唾つけといたのよ。……本当よ。」

 女の鬼ははそう言って、微笑みながらカラスを真っ直ぐに見つめた。


「……そこまでおっしゃるのならもう何も言いません。あの子供の特異な性質も確かに、目を見張るものがあります。それに、貴方様の行動も今に始まったことでもありませんから。」


「…ありがとう」

  そう言って女の鬼はカラスの頭を撫でた。




 ***




  あの女の鬼とカラスとの出会いから、6年経ち、高校2年生になった。あの時の出来事は、誰にも話していない。どうせ信じてもらえないだろうから。



  あれから僕は民俗学や歴史の勉強を始めた。あの鬼についてもっと知りたかったからだ。あまり僕が望んだ情報は手に入らなかったけれど。母は最初は驚いたようだったが、嬉しそうだった。僕、そんなに心配されるような生活をしていたのかな。



  高校2年生になっても、別に目立った事をしたわけでもない。何も無い平凡な日々を過ごしていた。すごく退屈な日々、心の中に穴がぽかっと空いたような気分がずっと続いた。あの女の鬼について調べている時だけが、僕の唯一の満たされた時間だった。



  この6年間で、再び母の実家に訪れる機会はあった。でもその時に、森の中に入っても何も起きなかった。もう夢で済ませた方がいいかもしれないと思うこともあったが、女の鬼の「坊や大きくなったとき…」という言葉が僕をずっと捉えて離さない。



  そしてまた夏休みがやってきた。今年も母の実家に母と二人で帰省した。おばあちゃんの具合がよくないみたいで、母は心配そうだった。


「少し散策してくるよ。」

  そう母に言づけて、またあの山の入り口に行った。


  入口に着いた。

(今回で最後にしようかな。)

  そう思いながら、山の中に一歩を踏み出した。その瞬間、周りの木の葉が舞い、前が見えなくなった。

(うっ! これはあの時と同じ!)


  少しして、風が止んだのを感じ、恐る恐る目を開けると、あの時と同じ空間が広がっていた。大樹の根元にはあの女の鬼が腰かけていた。

(全然姿が変わっていない。あ、カラスもいる。)



「久しぶりだねえ。うん、大きくなったわね。唾をつけといた甲斐があったかしら。」

  女の鬼は、嬉しそうにつぶやく。

「ふん、本当に来るとは。」

  カラスはなぜだか不機嫌だ。


「お、お久しぶりです。」

  僕は緊張していた。

(6年だ。6年もの間、僕は、僕は……)


「ふふ、そんなに緊張しないで。こちらにいらっしゃい。もっと顔見せて。」


  僕はゆっくりと女の鬼の方は歩き出した。そして、手を伸ばせば、触れることのできる距離までやってきた。心臓があの時と同じ、いや、それよりも速くそして強く鳴っている。相手に聞こえそうなほどだ。


  女の鬼の手が伸びる。あの時と同じ、白く、そして美しい手だ。僕に触れる寸前の所で、女の鬼は口を開く。


「覚えてる? 私が以前に言ったことを。」


(そんなの、覚えてるに決まってる。貴方の言葉だから。)


「次は帰り道を示してはあげられない、ですか?」


「そう、今ならまだ間に合うわよ。」


「でも、僕はまだ成人していませんよ。」


「あら? けれど、もう子供では無いでしょう?」

 女の鬼は微笑み続けている。


  女の鬼が、以前言ったのは「坊やが大きくなった時」、鬼の年齢の区分なんか分かるわけがない。


  あれから6年が経った。あの言葉の意味も今なら分かる。僕は女の鬼にとって珍しい存在らしい。女の鬼の側にいくことができる存在。そして、女の鬼は僕のために選択を示してくれた。もし彼女の手が僕に触れたら、僕はおそらく今までのように暮らすことが出来なくなる。



(僕の心はとっくに決まっている。この6年間ずっと思い続けていたんだ。あの時、僕はすでに……すでに恋に落ちていたんだ。)


  心の中がスッキリした。僕の心の中を満たしてくれる存在が目の前にいるから。家族には悪いと思う。こんな僕を育ててくれたのに、結局は居なくなってしまうから。もう、謝る事も出来ない。


(こんな息子でごめん。)

  心の中で、家族との別れをした。


  目の前で微笑む女の鬼。カラスは目の中に入ってこない。女の鬼は、6年前言うだけ言ってすぐに姿を消してしまった。僕だけが、ずっと悩まされてばかりだ。だから、その微笑んでいる仮面を剥がしてやりたい。


  僕は優しく微笑んだ。彼女は、少しキョトンとした。その隙に、僕の目の前で止まっている彼女の手を握り、強く引いた。


「えっ?」

  彼女が、声を上げる。

「何をしておる!」

  カラスも声を上げる。


  僕は目の前に来た彼女の体を抱きしめた。そしてあの時と同じように、今回は逆だけど、彼女の耳元に僕の顔を寄せて、ペロっと舐めた。そして耳元でこう囁いた。


「もう、覚悟は出来ている。僕は6年もの間、貴方をずっと想っていたんだ。貴方にその気がなくても、僕は貴方のそばにいたい。貴方が好きなんだ。」


  彼女の頬が少し暖かくなるのを感じた。彼女の顔を見たいと思った。でも、出来ない。彼女もぎゅっと僕を抱きしめて離さない。


「み、見ないでくれ。恥ずかしい。」


  その彼女の言葉だけで僕は幸せを感じた。

  カラスがギャーギャーと何か喋っているが聞こえない。僕は、僕たちの周りでキラキラと輝くものが飛んでいる。


(さっきまで見えなかった。森の精かな。僕を迎えてくれてるの?)


  そう思っていると、彼女は僕の耳元で言った。

「何のために、唾をつけたと思っているの? 他の奴らにとられないようにするためよ。」


  それが、僕の事を想ってか、僕の特性を気にしてかは知らない。彼女が僕を留めるようにしてくれただけでも、僕は嬉しい。


  そして数分後、彼女は僕を離した。その時にはまた白い、いつもの顔に戻ってしまっていた。


「名前を教える前に、告白をしてくるなんて驚いたわ。」


(そう言えば、名前知らなかった。知りたい、すごく知りたい。)

  僕の気持ちが顔に出たらしく、彼女は少し笑いながら教えてくれた。


(あお)、それが私の名前。ちなみのこのカラスは影玄(かげはる)。実際は、少しカラスとは違うけどね。」


「ちなみにとは、酷いです、蒼様。二人だけの世界にずっと入ってしまわれて、もう私は……」

 カラスは無視され続けたせいか、どこか悲しそうに訴えている。


「蒼……」

  ぼそっと僕はつぶやく。


「さて、次は貴方の名前を教えてちょうだい。」

 蒼は再び微笑む。


「僕……僕の名前は、(いつき)。」


「樹、いい名前ね。さあ、名前も聞けたところだし、行きましょうか。」


「どこへ?」


「私たちの家に決まっているじゃない。樹はもう立派なこちら側の者になったのだから。森の精たちも見えるようになったでしょう。それに、教えたいことは沢山あるわ。」


  嬉しそうに微笑む蒼。


(僕はこれから生きていくんだ。この山のこの森の中で、蒼と。)

  弾むような僕の気持ちを抑えて、優しく微笑んで、応えた。


「はい。」




夏の強い日差しが、大樹の葉の下で、木漏れ日になり、二人を優しく包んでいる。





お読みいただきありがとうございます。



ざっくり登場人物紹介


≪樹≫

子供の頃は、現代っ子で、ゲーム好き。蒼に会ってからは、少し勉強に励む。蒼に一目惚れしたけど実際に自分の恋に気づいたのは、2回目に会った時。森の精に惹かれやすく、普通は見えないものも見える。ただ、蒼によって、数年間はその力を抑えられていた。



≪蒼≫

とても美しい女の鬼。何百年も存在している。酒と煙管が好き。樹を気に入る。1回目に会った時に、樹の力を抑えた。それは、人間として生きて欲しい気持ちもあったが、本当は他の樹を狙いそうな奴らに、渡したくなかったから。恋の自覚は多分してるはず。長年生きてはきたが、恋をするのには慣れていないため、反応が面白い。


≪景春≫

喋るカラス。蒼に仕えている。少し物言いが厳しいが、全て主のための行動をとる。世話好きであるため、一番不憫な存在。樹に関しては、最初はただの特質を持つ子供と位置づけたが、その後蒼に恋してると知った時、面倒ごとが増えなぁと嘆いている。樹が悪い人ではないと感じ取れてるため、恋愛自体は蒼を害さない限り、認めるつもり。

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