生きるための嘘と本当(5)
明るい褐色の肌に、ゆったりとしたクリーム色の服を身に着け、癖の強い黒髪を首の横で結っている青年だった。
「月光の滲んだ白い肌に銀の髪……。なるほど、これは見事な月の人だ。立てる? 具合が悪い?」
気安く声をかけられて、セリスは慌てて立ち上がる。
青年はおっとりと笑って、さらさらと流れるように話し始めた。
「マリクだね? アルザイ様から仰せつかって君を探していたよ。中庭あたりにいるんじゃないかと、聞いていた通りだ。私はエスファンド。君に仕事を教えるようにと言われている」
「は、はじめまして。よろしくお願いします」
マリクの名前を知っているのなら、間違いないだろう。感情に任せて行動し、アルザイに見透かされていきなり迷惑をかけていることに自分のことながら呆れてしまった。
(ここに残りたいとか、仕事をくださいとか、強気に出過ぎた)
そのときはセリスも必死だったのだが、アルザイにしてみれば片腹痛いに違いない。たかが砂漠を踏破しただけで、何を成長したつもりかと。
考えると気が遠くなる。セリスはひとまず、目の前の人に集中することのした。
「申し訳ありません。僕の方からあなたを訪れるべきなのに、お手間を取らせてしまいまして。エスファンド様?」
エスファンドはおっとりとした笑みを浮かべて言った。
「泣いたの?」
「はい」
目元に名残があったのだろう、誤魔化しようもなく頷くと、エスファンドは小さく声を立てて笑った。
「正直なひとだね。私も正直なので先に言っておくけど、アルザイ様は君に関して『特別扱いする必要はないが、死んだり傷つけたりしたら関係者全員の首が飛ぶと思え』と言っていた。特別扱いしていないように見せかけて、特別に扱えという意味だよ。他の者には君の扱いは難しいと思うので、私からあまり離れないように。必要なことはすべて私が教える」
「アルザイ様がそんなことを……。正直に言って頂いて、ありがとうございます」
改めて他人の口からきくと、自分の思い上がりが恥ずかしい。セリスは月の王族であり、アルザイにとっては賓客なのだ。王宮内で「特別扱いしない」など、建前でしかないだろう。
セリスとしては心底情けない気持ちで礼を口にしていたのだが、エスファンドは面白そうに瞳を光らせていた。
「私は誰かの特別とか、そういうのを気にしない。できないと、言うべきかな。君主がアルザイ様でなければ、とうの昔に殺されているとよく言われる。君もそのつもりで。さて、それでは今日は、手始めに『水』の話でもしようか」
エスファンドはその場に座り込んだ。「水?」と不思議に思いつつ、セリスも横にしゃがみこむ。「疲れるから座った方がいいよ」と言われたので、その通りに腰を下ろす。
それを待たずに、エスファンドはすでに話し始めていた。