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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第四部】 隊商都市の明けない夜(前編)
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生きるための嘘と本当(4)

 セリスは、闇雲に王宮の廊下を歩き続けていた。

 立ち止まったら、泣くんじゃないかと思った。


 耳の奥に、自分が吐き捨てた「野蛮人」という言葉が響いている。そのときのラムウィンドスの、極めつけの無表情が忘れられない。


(自分が何をしたかわからないほど、子どもじゃない。ひどいことを言った)


 思いがけないほど強い言葉を口にしたせいで、手足が震えていた。

 勝手にこぼれてくる涙をときどき服の袖で拭いながら、とにかく前へ進む。

 後悔していた。だがそれ以上に、ラムウィンドスとはけじめをつけて、決別しなければいけないという危機感があったので、やり直してもやはり、自分は同じことを言うのではないかと思う。


(あのままラムウィンドスのそばにいたら、わたしは「姫」になってしまう。あの人は男装の「僕」を認めていない。近くにいたら、きっとわたしの意志が挫かれる。ラムウィンドスの性格が無茶苦茶強いから。わたしは、負ける)


 確信。

 再会して、顔を見て安堵して、口づけを許してしまった。助けられた夜だけではなく、次の日の夕方、物見の塔でも。


 思い出すだけで、ぞくりと背筋に甘い震えが走る。

 塔で二人きりだったときには、有無を言わさぬ強い力で抱きしめられ、息もつけぬほど深い口づけを受けた。そのまま押し倒されても、アルスにされたときのように抵抗することはできなかっただろう。


 ラムウィンドスは、望み、願い、奪おうとする男の目をしていた。側にいることを許してしまったら、セリスは確実に追い詰められる。彼にすべてを許し、自分を手放してしまいそうになる。そんな場合ではないのに。


(アルザイ様から話を聞いたいま、わたしには時間が無いはず。兄様を助ける方法を、生かす手段を探さなければ)


 力の無さに絶望するのは簡単だ。だが、セリスはこの時代の、王族に生まれついている。まったくの無力ではない。

 ゼファードは、向いていないのだと言って、剣を握ることはなかった。それでも、アルザイもラムウィンドスも「王」として認めている。月の国を背負って、うまく立ち回ると信頼されている。芯の強さと、明晰な思考や判断力を、こんなに離れていてもアルザイに認められている。

 そのゼファードをむざむざ死地に追いやってはいけない。



 歩き続けていても、すれ違う人に奇異の目で見られるだけと気付いて、廊下の切れ目から中庭に出た。

 青い模様の古びたタイルの上を導かれるように歩き、低い木の茂みに身を隠す。

 見回りの兵が来たら曲者と思われて刺されるかもしれないと思いつつ、膝を抱えて座り込んでしまった。


(しっかりしよう。アルス様が言っていた。「身体を繋げば選んだことになるのか」と。恐らく、以前の「幸福の姫君」イシス様は、そうやって「伴侶」を強制的に選ばされている……。逆に言えば。それさえなければ回避できる……? たとえ心が選んでいても)


 アルザイが言うようにセリスが「月の国が、以前の予言の姫に味を占めて仕立て上げた二代目」で偽物ならば問題はない。おそらくそうだとセリスは信じている。

 だが、セリスに関して予言はすでに一人歩きをしている。この状況下で──


 ラムウィンドスを選んではいけない。

 月の国の人間として、セリスが選ぶべきは、ゼファードしかあり得ない。


(もしくは、すでに覇道を歩んでいるアルザイ様だ)


 それ以外の人間が覇王に名乗りを上げれば泥沼の戦争を引き起こす恐れがある。

 予言が無効で当代の「幸福の姫君」は偽物であるという証明がどうしたってできない以上、心も体も他の誰かに捧げるわけにはいかないのだ。決して。

 たとえアルザイが、自らの後継者としてラムウィンドスを考えているのだとしても、本当にそんなことが可能なのか、まだわからないのだから……。


 遠くで、噴水の水音がしていた。

 風まで涼しく感じる、とセリスが顔を上げたとき、ふっと影が落ちてきた。


「おや。見慣れない人がいますね」


 頭上から声がかかり、顔を上げたときにはすでに濃い鳶色の瞳に姿を捕捉されていた。


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✼2024.9.13発売✼
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