生きるための嘘と本当(2)
そして、アルザイとの間に、いかなる話し合いがあったというのか。
決意に満ちた瞳のセリスを前に、アーネストは「月には帰らない」ことを、了承するしかできなかった。
一方で、ラムウィンドスは何やら納得していない様子で、眉をしかめてセリスに対して言い。
「ただでさえ、月の王家の容姿が希少であると気づいたのなら、人目につくことは避けていただきたいのですが。怖い目にあったばかりでしょう」
「あれはアルス様がいけません。そういえば、アルザイ様もラムウィンドスも、アルス様とお知り合いなんですね?」
ラムウィンドスが思いっきり顔を逸らした。セリスが鋭いまなざしを向けた。
「言いたく無さそうですけど、隠してどうにかなると思ってるんですか。あのとき、あんなに話していたではありませんか。アルス様は、ラムウィンドスのことをかわいがっておいでのようでしたが」
「姫はアルスに興味があるのですか? あの男に関して、俺は何もお伝えする気はありません。彼は本来、表に出ない人間なんです。姫がふらふらとおひとりで市場を歩いたりなどなさるから」
「『姫』は、禁止って言いましたよね。厳命が下ってるのに、なぜいきなりライア王女の前で言ってるんですか? これでライア王女が誰かにそれを言ってしまったら、王女のお立場が危うくなりますよ? 首が飛ぶかも。ラムウィンドスは、それでいいんですか」
落ち着いた口調であったが、言葉は威勢が良い。
(なんや。三年前の空気とは、明らかに違う……何があったんやこの二人)
ぽんぽんと言い返すセリスは、まるでじゃれついているかのようだ。そこには、アーネストには見せない甘えがある。過ごした時間は確実に、アーネストの方が長いはずなのに、あんな表情は見たことがない、とアーネストは目を細めた。
「私の首が飛ぶ話になってる……」
「聞かなかったことにしとき」
会話を聞いていたライアが小さく呟き、アーネストは首を振った。
「それが賢明なのでしょうね。あの子の来歴というか、月の王家のあの年頃でと言えばと、私なりに何度かその可能性は考えたけど……」
とんとん、とライアの肩に控えめに指先で触れて注意を引いてから、アーネストは自分の唇の前に指をたててそれ以上の言葉を制した。
姫、と言ってはならない、と。
少年のような、少女のような絶妙な均衡にある美貌。
「セリスの本来の身分を考えれば、月の兵であるあなたが守ろうとするのも、納得。守りながら、二人でずっと旅をしてきたのね。身の回りのことも、こまごまと世話を焼いて。友人ではないと思っていたけど、一線を越えた恋人にも見えないし」
「そこまでや。思ったこと全部口にする必要はない」
ライアが決定的なことを言わないように、アーネストは牽制する。
視線の先では、ラムウィンドスが身長差のあるセリスを見下ろして、注意事項を言い聞かせていた。
「とにかく。姫、いえ、マリク様はもう少しご自分の身の安全のことを考えて過ごしてください。多少自由は制限しますが、それもあなたを思えばこそです。俺の言うことを聞いてください。いいですね」
ラムウィンドスの押し付けるような物言いに対し、明らかにセリスは目を怒らせた。
「嫌です」
「わがままは聞けません。俺も時間を作って、なるべくあなたのお側にいるようにします。ですから」
「それが嫌だって言ってるんです。別に僕はラムウィンドスに側にいて欲しいなんて言ってません。自由を制限するだなんて、なんの権限があって言ってるんですか」
セリスにきつい視線を向けられて、ひるんだのはラムウィンドスである。
アーネストは何も言わなかったが、ライアはその裾を軽く摘まんで引き寄せて「意外じゃない?」と小声で囁いた。アーネストは無言のまま頷いた。
ラムウィンドスが、押されている。
「俺は……今のあなたがよくわかりません。だから毎晩少しずつでも時間を作って話したいと考えています。旅の間のことを聞きたいと言ったのも、嘘ではありません」
「その件に関しては僕も考えました。その結果、無いと思いました」
「無い、とは」
セリスにそっけなく言い返されて、ラムウィンドスの顔が強張っている。普段無表情に近い男だが、決して感情がないわけではないと知れる。戸惑いや焦燥が濃く滲んでいた。
セリスは深く呼吸してから、ラムウィンドスの目を見て言った。
「僕は確かに月の国からここまで来ました。その中には、もちろんあなたに会う目的もあった。でも、一番の目的はアルザイ様にお会いして、月と開戦する経緯をお伺いすることでした。今はその話ができたことで、自分なりに考えていることもあります。僕はここで僕にしかできないことをする。それなのに、あなたに優しくされたら、きっとダメになってしまう。何もかも投げ出してしまいそうな」
「姫」
不意に言葉をつまらせたセリスに、ラムウィンドスが呼びかける。
ライアは無言でアーネストの服をぎゅうっと掴んで引っ張ったが、反応はなかった。
「はっきり言わないと、伝わらないみたいだから。僕のことはもう放っておいて欲しいんです。ラムウィンドスと夜に時間を作って会うなんて、そんなことはできるはずがない。そんな風にうつつをぬかす暇があるなら勉強したいし、剣も磨きたい。他にやることがたくさんあるんです」
セリスは両手を開いて肩をそびやかす。ラムウィンドスを、睨みつけるが如き強さで見上げながら。
そこで、はーっとアーネストが大きなため息をつきながら歩き、セリスの背後に立ってふわりと腕をまわして抱き寄せた。
「!?」
ラムウィンドスとライアが同時に息を呑む。