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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第三部】 熱砂の国の旅人
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再会の口づけ

 長いこと、二人は口を利かなかった。


 ラムウィンドスはセリスを見ないまま立ち尽くしているし、背中を向けられたままなのでセリスも声がかけづらい。

 それでも、いつまでも膠着状態ではいられないと、意を決してセリスは立ち上がろうとした。

 腰から下が思うようにならず、寝台から滑り落ちかける。


「わっ」


 即座に、ラムウィンドスが反応した。片膝をついて、セリスを支えるように抱きとめる。


「ありがとう……」


 ラムウィンドスの体温に包まれ、ぶつかりそうなほど近い位置に彼の顔がある。セリスは、まともに目を合わせられずに俯いてしまった。耳のそばで、ラムウィンドスが遠慮がちに言った。


「姫、どこか痛いところがありますか」

「違います、薬です。アルス様に一服盛られました。それで身体が痺れていて、うまく動かないんです」


 それ以上のことは何もなかったと、誤解されないためにセリスは一生懸命に言い募る。

 はずみで顔を上げてしまい、まともに目が合った。

 ラムウィンドスのまなざしは、仄暗い。


(絶対、悪い想像をしている……。何もなかったのに)


「立つことはできますか」

「実はまだ」


 短い問いに答えると、ラムウィンドスは葛藤に耐えるように目を伏せた。


「姫の身体に触れることを、お許しください」


 セリスの膝裏に手を差し入れると、もう片手で背を支えてきた。あっという間に胸元に引き寄せて抱え上げられる。

 視線は絶対に合わせないようにしているようだった。セリスが見上げても、まっすぐ前を見ている。


「ラムウィンドス、わたしの目を見ることができませんか……?」

「正直、今は無理です」


 恐る恐る尋ねたら、明確に拒絶された。

 予想できていたので、セリスはその返答に構わずにラムウィンドスの頬に手を触れた。耳たぶまで指を伸ばして摘まんで引っ張った。


「姫……、何を」


 ラムウィンドスは鬱陶しそうに首を振るが、両手はセリスを抱いたままなので、抵抗としては弱い。構わずに、セリスは手を首の後ろに回して、力が入らないなりにしがみついた。


「怒っていますか」

「怒ってはいません。頭の整理がついていないだけです」

「わたしが、突然来たから?」

「それは、たしかに。こんな形でまた姫に、お会いするとは思っていませんでした。突然すぎます」


 セリスは空いているもう一方の手を、ラムウィンドスの頬に伸ばす。


「あなただって三年前、突然わたしの前から消えました。少しは、思い知ればいいです」


 根負けしたように、ラムウィンドスが下を向き、セリスの顔をのぞきこんできた。表情らしい表情は無い。その頑迷さ。セリスは無性に苛立ち、手を顎に添えた。


「もっとわたしをよく見てください。本物ですよ。本当に本当に、来たんです。あなたに会いに、砂漠をずっと進んできました」


 眉一つ動かさず、ラムウィンドスは低い声で答えた。


「それはよくわかります。俺の記憶の中の姫より、現実の姫は可憐過ぎる。あまり見ていると口づけしてしまいそうなので、手を放してください」

「したいなら、すればいいと思います」


 苛立ちのままにセリスは言い返す。


(三年前、有無を言わせずしたくせに。キスを)


 睨むセリスの視線の先で、ラムウィンドスはぐっと眉を寄せて険しい表情をした。視線が絡み、セリスを抱く腕に力を込められて、唇に唇が重ねられた。


「……っ、ラム……ちょっ」


 噛みつくような苦しい口づけの合間に、セリスが絶え絶えに言葉をこぼすと、少しだけ唇を離したラムウィンドスが低い声で言う。


「姫、俺を煽らないように」


 瞳は暗いまま、ただその奥底に得体の知れない熱を湛えている。その熱に触れたらまずいとセリスは悟って、濡れた唇を手の甲で軽くぬぐいつつ、早口に言った。 


「そういう、わたしのせいみたいな言い方、どうなんですか。アルス様といい、煽る煽るって……」

「アルス……、あの人は姫に何をしましたか」


 二人の会話から察していたが、どうもラムウィンドスとアルスは知り合いらしい。そして、セリスの考えすぎではなければ、アルスはラムウィンドスがこの場に来ることを確信していた。セリスに手を出すふりをしたのは、余興程度で本気ではなかったのだろうと、いまならわかる。

 かなり、恐ろしかったというのに。


「言えばいいんですか? あの方にわたしが何をされたか、辱めの詳細を? ラムウィンドスはそれを聞いて、どうするつもり?」


 セリスが淡々と確認すると、ラムウィンドスは口を閉ざした。見事なまでの無表情だったが、その下にいろんな思いが渦巻いているのは感じられた。

 やがて、瞑目する。

 寄せられた眉に苦悩がうかがえて、セリスは言いすぎたことを素直に謝罪した。


「ごめんなさい。わたしを助けに、来てくれたんですよね。ありがとうございます。アーネストに、会って何があったか、ここまで来た経緯を聞きましたか」

「はい。二人で話す機会があったので、締め上げました。そこからあなたの行方を追っていたんですが、遅くなって申し訳ありません。あなたが、街をひとりでうろつくことなく、アルスの庇護下にいたのは幸か不幸か。あなたを脅かしたことに関しては、許せることではありませんが」


 ラムウィンドスは、長く息を吐く。

 ようやく、表情を少しだけ和らげて、セリスの目を見た。


「まずは王宮にお連れします。少し話をしましょう」



挿絵(By みてみん)

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✼2024.9.13発売✼
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