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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第三部】 熱砂の国の旅人
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激突(4)

(まさか、ラムウィンドスがここまで? どうして?)


 信じられない思いでセリスが半身を起こすと、アルスが「あなたはまだ薬が効いてます。無理をしないでください」と言い、戸口まで歩み寄る。

 振り返り、念押しのように続けた。


「あなたを護衛していた、あの綺麗な青年があなたから離れましたからね。隙を狙っていた連中が、詰めかけているんです。酒場にあなたと現れた私はどう見ても軟弱な出で立ちで、あなたは酔っていた。ここが狙いどきだと思ったところでしょう」

「それは、たしかに旅の途中、何度となく襲撃のようなものはありましたが……。アーネスト狙いではなく?」

「それは思い違いというもの。あなたはもう少し、自分が人の目にどう映るのか、考えなさい」


 セリスはぼんやりとした目でアルスを見返し、呟いた。


「僕?」


 アルスは盛大な溜息をつき、手で額をおさえる。


「来るぞ」


 ぶっきらぼうな警告ひとつ、ラムウィンドスの気配が遠ざかる。アルスは、ことさら無造作な仕草で戸口の布をまくって外に出た。

 その次の瞬間。

 くぐもった呻き声、金属のぶつかりあう音、水音が弾け、重いものが壁を打つ衝撃があった。ごろりと戸口の床に人の腕が転がる。

 セリスはいまだ痺れの残る手で剣を抜いて握りしめた。


「この野郎ッ」


 怒号が飛び交う。床を踏みしめる足音が聞こえる。そんなに広い空間だっただろうか。暗い中抱きかかえられて連れ込まれただけなので、構造を把握していない。

 ただ、剣と剣がぶつかり合う音の合間に、壁や床に衝撃があるのを感じる。

 そのたびに、胸がびくっと鳴る。喉が干上がる。荒々しい気配が迫るのを感じる。

 見慣れぬ腕が、戸口の布をまくったと思ったら、男が一人飛び込んできた。

 セリスと目が合うと、舌でぺろりと唇を舐めた。


「これはまた、見事な月の乙女だ」


 目がせわしなく、セリスの顔や身体を見る。舌がまた唇を舐めている。セリスは剣を握る手になけなしの力を込め、強く睨みつけた。男が喉を鳴らして、くぐもった笑いをもらした。


「いい目をしてやがる」


 アルスに弄ばれたときより、何倍もの気持ち悪さがこみあげてきて、手が震えた。

 男がゆっくりと歩いてくる。


「何、そんなに怖がるなって」


(戦わなければ)


 腰から下がまだ、自由にならない。動こうとして、勢いあまって体勢が崩れる。影が落ちた。すぐそばに男がいる。


「なんだ、立てねーのか。あの優男にもうやられちまったのか」


 頭上から降ってきた下卑た声に、セリスはかっとして剣を突き出した。それは油断しきっていた男の足をかすり、身に着けていたズボンを裂いた。


「こいつ……っ!」


 男が腕を伸ばしてきてセリスの胸倉を掴む。セリスは歯を食いしばって男を睨みつけた。何をされても絶対に食らいついて撃退してやると。

 だが、男が声を発することは二度となかった。

 喉から剣を生やして、絶命していた。

 剣で男を貫いた人は、そのまま男を投げ捨てようとし、男の指がセリスの胸元に絡んだままなのを見て、手で引きちぎるように外した。

 

 とても久しぶりの、今はもう懐かしい無表情がセリスを見下ろしていた。


(ラムウィンドス……!)


 髪が短くなった。砂漠風の、首に添う襟の高い服を着ている。眼鏡をしていないせいで、秀麗な面差しが隠されることなく際立っていた。

 視線が絡むが、互いに言葉がない。

 一瞬かもしれないし、もう少し長かったかもしれない。

 先に目を逸らしたのはラムウィンドスの方で、男に突き刺した剣を抜くと、戸口に向かって声を上げた。


「アルス。突破されているぞ」


 すると、戸口にアルスがひょこっと顔を出した。

 顔は笑っているが、凄惨なまでに返り血を浴びていて、濃厚な死の気配をまとっていた。


()もせっかく剣を持ってるみたいだから、戦いたいかなと。一人まわしてみた」

「殺す」


 簡潔に告げて、めざましい早さで切り込む。予期していたように、アルスは剣を受けた。そのまま、狭い空間をものともせず、二人は剣で打ち合う。


「ああいやだ、ラムウィンドスが本気だ」


 アルスは一度身を引き、距離をとる。そして、笑みをこぼして底抜けに明るい声で言った。


「いいこと教えてやるよ。月の姫君は、もう、お前のこと好きじゃないって」

「なに……っ!?」


 ラムウィンドスが動揺した。

 アルスはにやにやと笑いながら、セリスに片目を瞑ってくる。「そんなお茶目な仕草をされても何もわかりません」とセリスは目で訴えたが、通じた気はしなかった。


「それでね。『幸福の姫君』はこれから伴侶を選び直すのかなと思って。私が、姫に手を出しました。ラムウィンドス、来るのが少し遅かったよ」

「少し遅……、ああ、これマジで死ぬほどむかつく」


 むかつくという割に、剣を振るう気配がないのは、むかつく対象がアルスではないせいかもしれない。

 言いたいことを言いたいだけ言い終えたらしいアルスは、倒れ伏して絶命した男の足を持ち上げて、ひきずりながら戸口に向かう。


「後はまあ、少し二人で話し合いなさい」


 振り返らず、後ろ手でひらっと手を振って、去った。


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