激突(4)
(まさか、ラムウィンドスがここまで? どうして?)
信じられない思いでセリスが半身を起こすと、アルスが「あなたはまだ薬が効いてます。無理をしないでください」と言い、戸口まで歩み寄る。
振り返り、念押しのように続けた。
「あなたを護衛していた、あの綺麗な青年があなたから離れましたからね。隙を狙っていた連中が、詰めかけているんです。酒場にあなたと現れた私はどう見ても軟弱な出で立ちで、あなたは酔っていた。ここが狙いどきだと思ったところでしょう」
「それは、たしかに旅の途中、何度となく襲撃のようなものはありましたが……。アーネスト狙いではなく?」
「それは思い違いというもの。あなたはもう少し、自分が人の目にどう映るのか、考えなさい」
セリスはぼんやりとした目でアルスを見返し、呟いた。
「僕?」
アルスは盛大な溜息をつき、手で額をおさえる。
「来るぞ」
ぶっきらぼうな警告ひとつ、ラムウィンドスの気配が遠ざかる。アルスは、ことさら無造作な仕草で戸口の布をまくって外に出た。
その次の瞬間。
くぐもった呻き声、金属のぶつかりあう音、水音が弾け、重いものが壁を打つ衝撃があった。ごろりと戸口の床に人の腕が転がる。
セリスはいまだ痺れの残る手で剣を抜いて握りしめた。
「この野郎ッ」
怒号が飛び交う。床を踏みしめる足音が聞こえる。そんなに広い空間だっただろうか。暗い中抱きかかえられて連れ込まれただけなので、構造を把握していない。
ただ、剣と剣がぶつかり合う音の合間に、壁や床に衝撃があるのを感じる。
そのたびに、胸がびくっと鳴る。喉が干上がる。荒々しい気配が迫るのを感じる。
見慣れぬ腕が、戸口の布をまくったと思ったら、男が一人飛び込んできた。
セリスと目が合うと、舌でぺろりと唇を舐めた。
「これはまた、見事な月の乙女だ」
目がせわしなく、セリスの顔や身体を見る。舌がまた唇を舐めている。セリスは剣を握る手になけなしの力を込め、強く睨みつけた。男が喉を鳴らして、くぐもった笑いをもらした。
「いい目をしてやがる」
アルスに弄ばれたときより、何倍もの気持ち悪さがこみあげてきて、手が震えた。
男がゆっくりと歩いてくる。
「何、そんなに怖がるなって」
(戦わなければ)
腰から下がまだ、自由にならない。動こうとして、勢いあまって体勢が崩れる。影が落ちた。すぐそばに男がいる。
「なんだ、立てねーのか。あの優男にもうやられちまったのか」
頭上から降ってきた下卑た声に、セリスはかっとして剣を突き出した。それは油断しきっていた男の足をかすり、身に着けていたズボンを裂いた。
「こいつ……っ!」
男が腕を伸ばしてきてセリスの胸倉を掴む。セリスは歯を食いしばって男を睨みつけた。何をされても絶対に食らいついて撃退してやると。
だが、男が声を発することは二度となかった。
喉から剣を生やして、絶命していた。
剣で男を貫いた人は、そのまま男を投げ捨てようとし、男の指がセリスの胸元に絡んだままなのを見て、手で引きちぎるように外した。
とても久しぶりの、今はもう懐かしい無表情がセリスを見下ろしていた。
(ラムウィンドス……!)
髪が短くなった。砂漠風の、首に添う襟の高い服を着ている。眼鏡をしていないせいで、秀麗な面差しが隠されることなく際立っていた。
視線が絡むが、互いに言葉がない。
一瞬かもしれないし、もう少し長かったかもしれない。
先に目を逸らしたのはラムウィンドスの方で、男に突き刺した剣を抜くと、戸口に向かって声を上げた。
「アルス。突破されているぞ」
すると、戸口にアルスがひょこっと顔を出した。
顔は笑っているが、凄惨なまでに返り血を浴びていて、濃厚な死の気配をまとっていた。
「彼もせっかく剣を持ってるみたいだから、戦いたいかなと。一人まわしてみた」
「殺す」
簡潔に告げて、めざましい早さで切り込む。予期していたように、アルスは剣を受けた。そのまま、狭い空間をものともせず、二人は剣で打ち合う。
「ああいやだ、ラムウィンドスが本気だ」
アルスは一度身を引き、距離をとる。そして、笑みをこぼして底抜けに明るい声で言った。
「いいこと教えてやるよ。月の姫君は、もう、お前のこと好きじゃないって」
「なに……っ!?」
ラムウィンドスが動揺した。
アルスはにやにやと笑いながら、セリスに片目を瞑ってくる。「そんなお茶目な仕草をされても何もわかりません」とセリスは目で訴えたが、通じた気はしなかった。
「それでね。『幸福の姫君』はこれから伴侶を選び直すのかなと思って。私が、姫に手を出しました。ラムウィンドス、来るのが少し遅かったよ」
「少し遅……、ああ、これマジで死ぬほどむかつく」
むかつくという割に、剣を振るう気配がないのは、むかつく対象がアルスではないせいかもしれない。
言いたいことを言いたいだけ言い終えたらしいアルスは、倒れ伏して絶命した男の足を持ち上げて、ひきずりながら戸口に向かう。
「後はまあ、少し二人で話し合いなさい」
振り返らず、後ろ手でひらっと手を振って、去った。