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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第三部】 熱砂の国の旅人
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激突(1)

「話し合いたいのだが、よろしいか」


 前触れもなく部屋を訪れたアルザイに対して、ライアは大いに顔をひきつらせた。

 前日の一件もさることながら、明けて丸一日放っておかれたので、一応気持ちは落ち着いていたのである。

 そのままでは終わらないと覚悟はあったが、やはり顔を見れば動揺はする。


 本来遠慮する立場でもないだろうに、アルザイは戸口に立ったまま部屋に足を踏み入れない。それでも、大柄で存在感があるせいか、そこに立っているだけで恐ろしく圧迫感がある。表情は凪いでいて、何を考えているのかはよくわからない。


「お忙しいところわざわざご足労頂き、ありがとうございます。呼んでくださればこちらから参りますのに」


 かなり距離を置いて、はりつけたような笑顔で対応するライアに、アルザイは腰に手をあて、かすかに息を吐いた。

 同じ部屋の中にアーネストもいるが、アルザイが訪れたときに、ライアが制したのでひとまず沈黙を保っている。


「昨日の今日だ。警戒するだろう。そういう口上は不要だ。確かに俺は忙しい。それほど長居をするつもりもない」


 アルザイはそう言ってアーネストに目を止めてから、ライアに視線を戻した。


「女官たちを下がらせているらしいな。不便はないのか」

「一人旅をしていましたから。自分のことくらい、自分でできますの」


 上から押し付けるような物言いのアルザイに対して、ライアは湧きあがる対抗心から笑顔で言い返す。

 アルザイはきわめて何気ない調子で言った。


「一人旅?」

「何か?」

「いや……。男の従者に身の回りの世話はさすがに任せないか、と。一人旅のようなものか」


 腕を組んで、戸口にもたれかかる。彫りの深い顔だちのせいか、横顔を彩る陰影も男っぽさを際立たせている。その顔の下に、獰猛な一面があると知っているせいか、ライアは落ち着かない。笑顔を保っていたが、内心めまぐるしく考えを巡らせていた。


(今、私は何か、探りを入れられている)


 失言を見逃す相手ではないだろう。


「ときにライア王女は、月のゼファード王とは懇意にしているのか」


 ライアは、小さく息を呑んだ。


(追い詰められたときの口からでまかせだったけど、気にしていたのね!)


 なまじ、アルザイとも太陽の青年とも顔見知りのアーネストが同行していたことで、すぐに嘘とは判断がつかなかったのだろう。

 ライアとしては、それを最大限に利用するだけだ。


「だったら、何だというのですか」


 アルザイは「さて……」と、呟いた。


「ゼファードらしくない。イルハンは先の戦争のときに、ずいぶんアスランディアの民を受け入れている。表面上は収まっていても、この先イクストゥーラからの流民を受け入れたら、何が起きることか」


 部屋の中で、アーネストが息を呑む気配があった。アルザイはそちらへ目を向けないが、気にしている。ライアも、アーネストが何に引っかかったのかはわかった。「月の流民」だ。つまり、アルザイは月の国から難民が流出するのを確信している。


「月が懇意にするなら、イルハン以外の都市のはず、という意味でしょうか?」


 探るようなライアの物言いに、アルザイは表情を変えないまま答えた。


「イルハンが力をつけすぎている現状を鑑みて、月が倒れる際に道連れにして国力も削ぐつもりかもしれないが。マズバルにとっては好都合だが、さすがにえぐい。その考え方は、ゼファードらしくない」


 会話の流れでライアが間違いなく理解できたのは、アルザイが気にしているのが「ゼファードらしくない」の一点ということだ。


「月の王のことは……、ずいぶん詳しくご存知のようですね」

「まあな」

「……ちょっと待てオッサン」


 そこでアーネストが冷ややかな呼びかけとともに歩を進めて、ライアの前に立つ。

 アルザイは面倒くさそうに目を閉ざして肩をそびやかした。


「お前に発言を許した覚えはねーぞ」

「私は許可するわよ、アーネスト」


 すかさずライアが言い添える。


「ゼファード様のことそこまでわかってんなら、なんで戦争を」


 アーネストは、話しながらライアより一歩進んだ地点で足を止めた。


「三年も経ったのに、お前の血の気の多さは相変わらずだな」


 アルザイのまとう空気が、変わる。

 細めた目に剣呑な光が宿り、凶悪な笑みが浮かんだ。


「オッサンの息の根止めたら、戦争は止められるんかな」

「そのクソ単純な頭はどうかと思うんだが。俺は嫌いじゃねーぞ」

「そら、オッサンの片思いやなぁ。オレは大っ嫌いなんで、そのへんよろしくな」


 二人とも剣の柄に手をかけながら、友好的とは程遠い笑みを交わしている。


(この二人、相性最悪)


 口を挟まずに見ていたライアは、心の底から納得した。


「一応聞いておく。ゼファードからお前に、俺の暗殺命令が下ってるのか。会ったら殺せ、と」

「アホなこと言うなや。陛下のことは、ようわかっとんのやろ?」

「そうだな」


 それが最終問答だったらしい。

 二人同時に動いて、鋭い金属音が鳴った。


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