激突(1)
「話し合いたいのだが、よろしいか」
前触れもなく部屋を訪れたアルザイに対して、ライアは大いに顔をひきつらせた。
前日の一件もさることながら、明けて丸一日放っておかれたので、一応気持ちは落ち着いていたのである。
そのままでは終わらないと覚悟はあったが、やはり顔を見れば動揺はする。
本来遠慮する立場でもないだろうに、アルザイは戸口に立ったまま部屋に足を踏み入れない。それでも、大柄で存在感があるせいか、そこに立っているだけで恐ろしく圧迫感がある。表情は凪いでいて、何を考えているのかはよくわからない。
「お忙しいところわざわざご足労頂き、ありがとうございます。呼んでくださればこちらから参りますのに」
かなり距離を置いて、はりつけたような笑顔で対応するライアに、アルザイは腰に手をあて、かすかに息を吐いた。
同じ部屋の中にアーネストもいるが、アルザイが訪れたときに、ライアが制したのでひとまず沈黙を保っている。
「昨日の今日だ。警戒するだろう。そういう口上は不要だ。確かに俺は忙しい。それほど長居をするつもりもない」
アルザイはそう言ってアーネストに目を止めてから、ライアに視線を戻した。
「女官たちを下がらせているらしいな。不便はないのか」
「一人旅をしていましたから。自分のことくらい、自分でできますの」
上から押し付けるような物言いのアルザイに対して、ライアは湧きあがる対抗心から笑顔で言い返す。
アルザイはきわめて何気ない調子で言った。
「一人旅?」
「何か?」
「いや……。男の従者に身の回りの世話はさすがに任せないか、と。一人旅のようなものか」
腕を組んで、戸口にもたれかかる。彫りの深い顔だちのせいか、横顔を彩る陰影も男っぽさを際立たせている。その顔の下に、獰猛な一面があると知っているせいか、ライアは落ち着かない。笑顔を保っていたが、内心めまぐるしく考えを巡らせていた。
(今、私は何か、探りを入れられている)
失言を見逃す相手ではないだろう。
「ときにライア王女は、月のゼファード王とは懇意にしているのか」
ライアは、小さく息を呑んだ。
(追い詰められたときの口からでまかせだったけど、気にしていたのね!)
なまじ、アルザイとも太陽の青年とも顔見知りのアーネストが同行していたことで、すぐに嘘とは判断がつかなかったのだろう。
ライアとしては、それを最大限に利用するだけだ。
「だったら、何だというのですか」
アルザイは「さて……」と、呟いた。
「ゼファードらしくない。イルハンは先の戦争のときに、ずいぶんアスランディアの民を受け入れている。表面上は収まっていても、この先イクストゥーラからの流民を受け入れたら、何が起きることか」
部屋の中で、アーネストが息を呑む気配があった。アルザイはそちらへ目を向けないが、気にしている。ライアも、アーネストが何に引っかかったのかはわかった。「月の流民」だ。つまり、アルザイは月の国から難民が流出するのを確信している。
「月が懇意にするなら、イルハン以外の都市のはず、という意味でしょうか?」
探るようなライアの物言いに、アルザイは表情を変えないまま答えた。
「イルハンが力をつけすぎている現状を鑑みて、月が倒れる際に道連れにして国力も削ぐつもりかもしれないが。マズバルにとっては好都合だが、さすがにえぐい。その考え方は、ゼファードらしくない」
会話の流れでライアが間違いなく理解できたのは、アルザイが気にしているのが「ゼファードらしくない」の一点ということだ。
「月の王のことは……、ずいぶん詳しくご存知のようですね」
「まあな」
「……ちょっと待てオッサン」
そこでアーネストが冷ややかな呼びかけとともに歩を進めて、ライアの前に立つ。
アルザイは面倒くさそうに目を閉ざして肩をそびやかした。
「お前に発言を許した覚えはねーぞ」
「私は許可するわよ、アーネスト」
すかさずライアが言い添える。
「ゼファード様のことそこまでわかってんなら、なんで戦争を」
アーネストは、話しながらライアより一歩進んだ地点で足を止めた。
「三年も経ったのに、お前の血の気の多さは相変わらずだな」
アルザイのまとう空気が、変わる。
細めた目に剣呑な光が宿り、凶悪な笑みが浮かんだ。
「オッサンの息の根止めたら、戦争は止められるんかな」
「そのクソ単純な頭はどうかと思うんだが。俺は嫌いじゃねーぞ」
「そら、オッサンの片思いやなぁ。オレは大っ嫌いなんで、そのへんよろしくな」
二人とも剣の柄に手をかけながら、友好的とは程遠い笑みを交わしている。
(この二人、相性最悪)
口を挟まずに見ていたライアは、心の底から納得した。
「一応聞いておく。ゼファードからお前に、俺の暗殺命令が下ってるのか。会ったら殺せ、と」
「アホなこと言うなや。陛下のことは、ようわかっとんのやろ?」
「そうだな」
それが最終問答だったらしい。
二人同時に動いて、鋭い金属音が鳴った。