最低(2)
「あなたの言動は、とても受け入れがたい」
アルスの笑顔とは対照的に、セリスは大いに顔を強張らせて正直に告げた。やることなすこと薄気味悪い。
しかし恐怖を与えるという意味では成功していて、セリスは全身が強張っていくのを感じた。アルスに対しても、こんな状況に陥ってしまった自分に対しても、盛大なやるせなさがこみあげて来る。情けない。
「最低」
呟きに、アルスは声を立てて笑った。
笑いながら、セリスの髪に巻き付けた布を優しい手つきではずしていく。あらわになった銀の髪を指で梳いて、歌うような優雅さで言った。
「もっと罵って構いませんよ。そういうの、大好きなんです。あなた、初めてでしょう? どうせならすごく痛くしてあげますから、罵りながら、泣き喚いていいですよ」
(最低。そんなどす黒い性癖を、全開にしなくても)
セリスは睨む目に力を入れつつ、横向きに倒れた身体の下の剣の感覚を追う。幸い、奪われていない。身体は重いが、先程よりはマシになってきている、気がする。
思った以上に動けるかもしれない。
アルスの言っていることは了解した。
(わたしの体を奪うことが目的だというのなら、少なくとも、いきなり命まではとらないのでしょう)
それがセリスにとって幸いかどうかはともかく、生きてさえいれば機会は必ずある。それこそ、身体を貪るというのなら、その最中には隙が生まれるのではないか。
冷静に作戦は立てるものの、いざその時が来たら、というのは恐ろしくて具体的に思い浮かべるのを心が拒否していた。痛くするなどという、鬼畜な発言もされている。
そてでも「諦めるな、相手から目を逸らすな」と自分にひたすら言い聞かせる。
セリスの心の裡など読めるはずがないのに、アルスは妙に気安い調子で「そうそう」と言い出した。
「アスランディア神殿における、私の立場を気にしていたようですが。位置づけとしては、特殊工作員といったところですね。つまり、裏方です。裏方としては古参ですし、表の仕事もしますので神殿内では神官として通してますが」
とても不穏なことを言っている。
「アルザイ様のお膝元で、工作活動ですか。それはアスランディアの……どなたかの意向ですか?」
問いかけには明確に答えずに、アルスはにこりと笑った。
(あのひとが……、ラムウィンドスが「太陽の遺児」として祭り上げられているのは、他の王族が生き残っていなから、で……。もし神殿の工作員を動かす指導者がいるとすればそれは。でも、アルザイ様を裏切ることなんて)
迷うセリスに対して、アルスは機嫌が良さそうに言った。
「先程から、剣を気にしているようですが。あなたがどう頑張ったところで、私は勝てない相手です。今あなたの剣がそこにあるのは、私がまったく脅威に感じていないからです。もちろん、試してもいいですよ。その分、あなたへのお仕置きが増えます。私はその方が、楽しいですが」