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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第三部】 熱砂の国の旅人
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最低(1)

「興味があって」


 まったく悪びれなく言うアルスには、後ろめたい気持ちなど露ほどもないに違いない。

 手足に痺れと倦怠感があり、酒だけでこれはおかしいと考えているセリスに、「薬も使いました」と朗らかに言い切ったのだ。

 純粋な悪意を感じた。


 帰りましょうという割に、連れ込まれたのは市場からほど近い、日干しレンガ造りの一軒家だった。

 人の気配はない。


(悪い大人がはめる気ではめたというのは、冗談ではないようですね)


 寝室らしき部屋の低い寝台にセリスを横たえて、灯りを一つ点けただけの薄暗がりの中で、アルスは実に愉快そうに言った。


「あなた自身よくおわかりではないようですが、月の王家の銀髪は希少です。旅の道中、出会わなかったでしょう? 月の国は閉鎖的ですからね、周辺の者も内情をよくわかっていません。月の国には王族だけではなく民にも結構いると軽く考えている者も多いんですが、実際にはほとんどいないんです」


 月の国の事情に通じている。

 王家の髪の色を正しく理解している。

 それはつまり、セリスに対して「お前が誰かを知っている」と言っているに等しい。


「あなたは、はじめから、わたしのことを」

「ええ。はじめから」


 あまり呂律のまわらないセリスの言葉を継いで、アルスはくすくすと笑い、セリスのすぐそばに来て、腰を下ろした。紫水晶の瞳でセリスを見ている。

 何をするつもりなのか、と。

 全く自由にならぬ身体で尋ねるのは恐ろしかったが、せめて目を逸らさぬように見る。

 アルスが腕を伸ばしてきて、セリスの頬に五指を這わせた。

 背筋に寒気が走る。

 やめろ、と口を動かそうとしたら、突然指で唇をこじあけて口腔内に指を二本ねじこんできた。


「……っ!?」


 喉が鳴り、唾液がこみ上げてくる。


(苦しい……ッ)


 アルスはセリスの苦痛などまったく気にした様子もなく、指で頬の内側や歯列や舌を嬲る。口の端から唾液が伝る。


「嫌なら噛めばいいんですよ。ほら、噛み千切ればいい」


 挑発に乗る形は嫌だが、セリスは他に意志表示の方法ももたず、ぐっと歯を合わせる。

 顎に力が入らず、噛み千切るには遠かったが、アルスは軽く息を飲んで指の動きを止めた。そして、笑みを深めて言った。


「ああ、必死の抵抗っぽくて良いですね。そういうのは、とてもそそられます」


(……ド変態だった)


 この状況で、それを言うのは完全に脅しだ。セリスが目に力を込めて睨みつけると、再び動き出した指に下唇をぎゅっと摘ままれた。


「駄目ですよ、そういうの。あなたは結構気が強いと思うんですけど、ことこの期に及んでそういう目で男を煽らない方がいい。手足もろくに動かせないというのに」


 口調だけは柔らかいアルスの脅しに、得体の知れない恐怖を感じる。煽る、とは。


「選んだ伴侶を覇王に導く──さてこれは、いったいどう解釈すべきなのか。意思か? 体か? 体を繋いでしまえば、手っ取り早く『選んだ』ことになると解釈したのは、先代の月の王でしたか」


 セリスが声もなく睨みつける先で、アルスはセリスの口内を侵した指に、自らの唇を這わせて指に絡んだ唾液を舐めとり、にこりと微笑んだ。



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