機嫌の悪い面々と、機嫌の良い神官(前編)
「『私に何かあったら、月の王が黙っていない』と。言っていたな、ライア王女は」
翌日。
髪を整えることもせず、前夜の服装のままのっそりと現れたアルザイを見て、ラムウィンドスは軽く眉をひそめた。
「昨日はイライラしていた割に、きれいな身なりをしていると思ったが。王女に気を遣っていたんだろう。それが一晩ももたないとは。生活の乱れは為政者の大敵だ、だらしない格好で臣下の前に姿を見せるのはまったく感心しない。しません」
とってつけたような臣下らしい言葉に、アルザイは嫌そうなため息をひとつ。
「うーるせぇなぁ。お前、ほんっと、うるせぇ」
「ほら。頭が働いていない。ろくな罵倒ができていないようだ。語彙がない」
ここぞとばかりに言い返してくる様子は、大変おとなげない。アルザイはげんなりとして言い返した。
「……何がほら、だ。ほら、ってなんだ。そもそもろくな罵倒ってなんだクソが。ていうかお前、単体では罵倒にならない言葉を組み合わせて、巧妙に君主を罵倒するの得意だよな」
「陛下は誉め言葉ではない言葉を組み合わせて俺を賛美するのが得意らしい」
「死ね」
完全に面倒くさくなり、アルザイは言い捨ててそっぽを向いて執務机の椅子に座る。その後ろに立ったラムウィンドスが、アルザイの髪を指で軽く梳いて日除けの布を巻き始めた。
「で、どう思う。お前も聞いたんだろ、あの発言」
「女性に対するアルザイ様の振る舞いは最低だ、という話から始めていいのか?」
ラムウィンドスの指がかすかにアルザイの耳に触れて、髪に隠れていた紅い耳飾りが揺れた。装身具はつけるときとつけないときがあるが、それは前夜からのつけっぱなしだった。ラムウィンドスの指が、きまぐれのように再び耳飾りに触れ、アルザイは溜息をついた。
「……お前……、静かに機嫌悪くなるのやめてくれ。さすがにわかりづらいぞ」
「この場には俺と陛下しかいない。俺の機嫌の悪さが通じる相手に通じたので、目的は達している」
とても回りくどい言い回しで、機嫌が悪いことを肯定したラムウィンドスは、アルザイの肩に片手を置いた。
「ゼファードも、黙ってやられっぱなしではないだろう。少し、侮り過ぎたんじゃないか」
「それでなんでお前の機嫌が悪くなる。喜ぶところじゃねーのか」
「……あいつは慎重な男だと思っていた。まさか、イルハンに手を伸ばすだなんて豪胆なことをするとは思ってもいなかった」
「言うほど意外でも豪胆でもないんじゃないか?」
何気なく返し、大あくびをしてから、アルザイは動きを止めた。
「昨日あの顔だけ良い月の男と何を話した?」
その問いかけに対しての青年の反応は恐ろしくそっけなかった。
「何も」
確実に嘘の響きだった。