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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第三部】 熱砂の国の旅人
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その夜の出来事(4)

 ライアが白金色の髪の青年に案内されて廊下に出ると、たしかにアーネストが待っていた。

 乏しい灯りの中、その綺麗な顔を見たら涙が出そうになって、慌てて顔を逸らす。


「ライア様。お側についていられなくて、申し訳ありません」

「良いのよ。私は賓客よ、この王宮で危ない目になんか合わないわ」


 アーネストから声をかけられて、ライアはつとめて明るく答えた。だが、アーネストの表情は暗い。


(黒鷲と何があったか、聞こえていたのかしら。嫌ね、アーネストには知られたくないのだけど)


 距離を保って立っていた青年が、とりなすように言った。


「アルザイ様の様子がおかしかったので、戻ったが……。少し遅」


 言われたくない。

 ライアは力強く、青年を両腕で突き飛ばした。こんなに簡単に隙を突かれても良いのか、と思うほど青年はあっけなく突き飛ばされてくれた。大してよろめきもしなかったが。


「べつに! 何もなかったわ! アルザイ様とお話していただけ!」


 言い訳しながら、周りをよく見ずに歩き出したら、アーネストにまともにぶつかった。見上げると、アーネストは冷気漂うほどの無表情で青年を見ていた。


「『少し遅』なんや……? 言いかけてやめんなや」


 極力感情を抑え込んでいるようだが、死ぬほど物騒、という不穏な声だった。

 返答次第で誰かが死ぬ。


「アーネスト、落ち着いて。いいから、落ち着いて。何もなかった何もなかった」 


 ライアがなんとか注意を逸らそうと思って言うと、アーネストはちらりと見下ろしてきた。そして、ライアが肩にかけていた布をじっと見た。


「赤に、赤?」

「え?」

「せっかく綺麗なお姫様らしい装いやのに、その布は合わん。あのオッサン、趣味悪いな」

「ああ……」


 アルザイの名誉の為に、この布は正装とは別の……、あの男が身に着けていた、見ようによってはおそろいの……と言うべきか悩んだ。

 しかし、ではどういった経緯で、アルザイが自分の身に着けていた布をライアに寄越したかなど、面倒な説明はしたくなかった。


(しかもさらっと「綺麗」って言ったわ。こういうこと、案外簡単に言うのね。自分が言われ慣れているから?)


 それでも、ライアが着飾っていることを認識してくれているのが、嬉しいような恥ずかしいような。顔を合わせるのがこそばゆくて下を向くと、アーネストの声が頭上から降って来た。


「本当に、大丈夫やの? オッサンと何があったか言いたくないなら、無理に言わんでいいけど」

「大丈夫」


(今、アーネストの顔を見たら、きっと泣いてしまう……)


 俯いてやり過ごそうとしたが、アーネストはなかなか離れてくれない。側にいる。まるでライアの、本物の護衛のようだった。


「ライア様からすごく良い匂いがする。この花かな」


 ライアの髪を飾った花のことを言っているのはわかるのだが、その距離にいられると、心臓の音も聞こえてしまいそうだ。まずい。

 青年はさして興味がないのか、廊下を先に立って歩き出した。


「とりあえず、部屋まで案内する。アーネストは、なるべく王女のそばに。離れたくないだろう」

「当然やな」


(離れたくないとか、当然とか。気遣われると、気遣われるくらい自分も大切にしてもらえっているのかと、ものすごく……期待してしまう)


 ライアはお酒を飲んでいて、アルザイとはあわやということがあったばかりだ。かなり神経が高ぶっていたところで、アーネストの言動がいつもよりずっと優しかったことで、涙が出そうになった。

 ライアは歯を食いしばって堪えた。 


「そうだ、ライア様。あなたには不便をかけるなと、アルザイ様が気にされています。何か必要なものはありますか」


 青年が抑揚の乏しい声で言う。

 太陽の遺児。

 遠く数多のオアシス都市まで名を馳せる彼は、もとは月の国に身を寄せていたという。

 今はアルザイの側近だ。アーネストの元の上官でもあり、セリスの……。


(セリスの……? セリスの何? そもそも、セリスは「何」なの?)


 ライアは思わずアーネストを見る。視線を感じたのか「どしたん?」と言われるが、この場で言って良い話題ではない気がして、口をつぐむ。代わりに、青年に申し出た。


「遊戯盤が、欲しいです。夜通し遊ぶから」

「すぐに用意する。相手も必要ですか」


 尋ねられて、ライアは一瞬答えにつまってから、横にいたアーネストの腕にしがみついた。


「相手はいるから大丈夫!」

「わかった」


 青年は軽く請け負って、前を向いて歩き出す。なんというか、余計なことを言わない男だな、という印象が残った。

 アーネストは、一瞬腕をほどこうとしたが、思い直したのかそのままにしてくれた。彼なりに、ライアの不安を受け止めてくれようとしている気がした。ただ、小さな声で不満のようなものを漏らしていた。


「遊び方はわかるけど……。オレ、あんまり強くないんやけどな」


 少し弱ったような声だった。

 

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