その夜の出来事(3)
「何をするの……っ」
「俺の女に、俺が何をしようが自由だ」
予想通りの答えに、ライアはかっとなって手が振り上げた。だが、アルザイを叩く前に手首を掴まれておさえこまれる。力の差は歴然としており、逃げられない。抵抗しても、自分の無力さを思い知らされるだけだ。
このまま、ただ衣服をはぎ取られて組み敷かれ、辱められてアルザイの思惑通りに『妻』となる為に、ここまで来たわけではないのに。
瞳から猛烈な怒りを迸らせて、ライアは叫んだ。
「私に何かしたら、月の王が黙ってないわよ……!!」
妙な沈黙があった。せせら笑うか、激高するかと思っていたが、アルザイの反応はどちらでもなかった。
何故か非常に怪訝そうに眉を寄せて、ライアを見下ろしていた。
なまじ表情が豊かなだけに、その困惑ぶりが実によく伝わってきた。
「な……なによ」
「いや。ゼファードがなぁ……と」
独り言のように呟き、ライアの上から立ち上がる。
何事もなかったように、続きの間に至る布の下がった戸口の方へ顔を向けた。
「おい、いるのはわかってるぞ。見えた」
無言で布を片手で除けて入ってきたのは、白金色の髪の青年だった。
アルザイをちらりと見てから、ライアに目を向ける。少し視線を外して、尋ねられた。
「ライア様、お怪我は」
衣服が乱れているのに気づいて、すばやく身体を起こして膝で立ち、肩を両手で抱く。そのとき、アルザイが肩に乗せていた赤い布を無造作に投げつけてきた。
「ちょっと……!」
(乱暴な)
抗議したつもりであったが、アルザイの熱を帯びた布は温かく、大きく、包み込まれたときに嫌悪よりも何とも言えない安堵があった。
怖かったな、と実感がこみあげてくるのだが、同時にその相手に気遣われ、結果的になぐさめられてしまったこと。
一瞬で相反する出来事が起きたことに、言い表せない戸惑いと苛立ちがあった。
「俺は寝る。王女のことは、お前が部屋までお送りしろ。あの口が悪い奴もそこにいるのか」
「アーネストは廊下で待たせている。王女殿下のことを心配している」
アーネスト。名前を聞いただけで、ライアの胸が痛んだ。
(私のことを心配している……?)
ここでいま、何が起きたかわかっているのだろうか。
一方のアルザイは大げさな溜息をついた。
「さっさと行ってくれ。あいつと顔を合わせると、血を見る」
言い捨てて、アルザイは窓際まで歩いていくと、ソファに大きな体を投げ出すように座った。青年はその様子を見て、淡々とした調子で言った。
「そのまま寝ないように。寝台へ行ったか、後で人に確認させる」
アルザイはもはや何を言うのも面倒くさそうに眼を瞑り、ライアと青年を手で追い払う仕草をしていた。