表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第三部】 熱砂の国の旅人
71/266

その夜の出来事(2)

 知識がまったくないわけではない。覚悟もそれなりにある。

 納得とは別だ。


 夜の顔合わせの前にと、女官たちに大げさなまでに湯浴みを指図され、香料を体中にすりこまれ、深紅の衣装と贅沢な花で髪を飾り立てられたときに、ライアは忌々しいほどにアルザイの思惑を理解した。

 本国からついてきた護衛たちは遠ざけられ、付き添いはアーネストだけ。

 そのアーネストには、自分の磨かれた姿を見て欲しい気持ちと、他の男のための装いなど絶対見て欲しくない気持ちで心が千々に乱れていたが、ライアが身支度を終えてきたときに、彼の姿はすでになかった。

 彼は彼で、かつての上官に呼ばれて出てしまったらしい。ライアの護衛ではないので、その動きを咎めることなど、無論できはしない。


(黒鷲は、私に一人で来いと──)


 同席とはいかなくても、護衛の一人もつけさせないとは。

 そもそも、ろくな荷物も持たずに拘束された女性に、衣服その他を用意するのは君主としての甲斐性といえばそれまでだが、アルザイの趣味で選んだものを一方的に与えられるのライアとしては屈辱に近い。ましてや、それを身に着けた上で自分の元へ来いと言われれば、意図など明白ではないか。


「嫌な男」


 憎々しげに、呟く。


 * * *


 予想通り。

 むしろ予想以上に、ライアとアルザイ二人きりの宴席は寒々しいものだった。

 絨毯の上の低い卓に豪勢な食事が所狭しと並べられ、最上級と思われる果実酒を供されたものの、盛り上がる余地はないどころか、時が進むにつれて場の空気はいよいよ冷え切っていた。


 最初こそアルザイは会話を試みていたものの、

「噂以上の美貌だ」

 などと感想かお世辞かわからぬものを口にしようものなら、

「眼中に入らなかったくせによく言いますわね」

 とライアは冷笑のみ。


 ライアは、マズバル同様権勢を誇る都市の王族筋らしく、高飛車さな態度でアルザイの歩み寄りを徹底的に無視。アルザイも、すぐに匙を投げた。

 互いに冷めた食事に手を出さず、話し声も途絶え、酒の杯だけがもくもくと進んだ。

 やがてアルザイは給仕を務めていた女官や小姓をすべて下がらせた。


「ライア王女。俺はもってまわった話が嫌いだ。あなたはこの縁談をどうしたい」


 杯を顔の前で止めて、アルザイはライアに問う。


「私に選択権があるという意味ですか? 見ての通り私はあなたという男に砂一粒ほどの関心もありませんけれど」

「言ってくれるな」


 アルザイは瞳を剣呑に光らせ、半笑いで杯をあおる。


 襟の高い白いシャツに、紅い布を肩からかけている。黒髪は布も巻かずに伸ばしっぱなしで、耳には紅玉石の耳飾り。昼に会ったときより、若々しい印象だった。

 大柄な体格に見合い、肩幅が広く、骨っぽい手も大きく、投げ出した足も長い。彫りの深い精悍な顔だちに、髭の散った粗削りな顎や、酒を飲んでもほとんど変わらない顔色、瞳の強さ。

 今は皮肉っぽい表情しかしないが、笑ったらきっと多くの人をひきつけるのだろう。


 砂一粒ほどの関心もないと言い切ったライアでさえ、アルザイという人は猛々しくも魅力にあふれているのがわかる。

 控えめに言っても顔は良い。

 政策も良い。

 おそらく、頭が良い。

 お互い腹を探るのに明け暮れてしまったが、本当はもっと違う話がしたかった。

 たとえば、この人が自分の夫になる人だと、ある日突然ひき会わせられたとして、嫌いになれたかは難しい。今は心理的な反発があるが、なんの因縁もない状態で会えば、それなりに好感を抱いたと思う。

 だが──。


「さて。あなたは俺に関心がないそうだが」


 カタン、とひそやかな音を立てて、アルザイが杯を置いた。

 次の瞬間には、ライアのすぐそばに足を踏み出し、片膝をついて身を乗り出していた。


(早い)


 酒が入っているとは思えぬほどしなやかな、獣のような動作だった。


「ここには何をしに来た? 俺の妻になるのが、それほど待ちきれなかったのか」 


 吐息がかかるほどの間近さで、睨み合う。

 近すぎる。

 咄嗟に立ち上がって逃げようとしたが、衣の裾を踏まれて動きを封じられ、そのままその場に押し倒される。気付いたときにはアルザイが上にいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✼2024.9.13発売✼
i879191
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ