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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第三部】 熱砂の国の旅人
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紫の太陽(4)

 彼と自分を隔てるもの。

 物理的な距離を詰めてなお無視できないのは、お互いが置かれた立場の問題だけではない。

 血縁関係への疑念も、セリスにとってはかなり大きな心理的負担になっている。


 戦争の最中、太陽王の妻であったイシスが月へと戻されて、兄王との再婚を強要されたという過去。


(イシス様は、わたしの母。そして、はっきりとは確認がとれていないけど、ラムウィンドスが太陽王の血筋だというのなら、母を同じくしているかもしれない……)


 彼にひかれる心に、決着をつけるのは、かえっていけないことになるのではないか。その恐れが強い。

 セリスの横顔を見ていたアルスは、のんびりとした口調で言った。


「いずれにせよ、いまその相手が目の前にいないのなら、結論を急ぐ必要はないでしょう。もしどこかで偶然会って、惚れ直す機会があれば、それでいいのではないですか」


「惚れ直す、ですか。わたしにそれが許されるとは」


 優しい言葉につられて、本音がこぼれた。アルスはふっと笑って、穏やかな声音で続ける。


「そんなに、自分に厳しくする必要はありません。人間には心がありますから、心に振り回されることはあります。その全部を否定していては、なんのために心があるかわかりません。とはいえ、感情に流されて目的を見失うのもいけない。あなたの真の目的は、なんですか」

「わたしの、目的……」


 目の前に広がる光景。耳に聞こえる音。鼻腔に押し寄せる匂い。乱舞する色、立ち並ぶ石の神殿、すべてを包み込む空の青。

 思いもかけなかった世界が、自分の目の前にある。

 離宮にいた頃には、想像もしなかった世界。


(離宮に閉じこもって、どこへも行けなかった小さな姫はもういない。わたしは、ここまで自分の足で来た……)


「世界はとても大きくて、うつくしいのだと思います。僕は、とても小さいですが、僕がここにいるのは自分の気を紛らわす為でも、力なさに絶望することでもなくて。そうですね、目的があります」


(アルザイ様を止めるために来た。月との戦争を、始めさせてはならない)


 徐々に、風が吹き込むように身体に力が巡りはじめる。

 セリスはその場に立ち上がった。

 そのセリスの一挙手一投足を注意深く見ていたアルスであったが、最後にセリスの目を見据えた。セリスもその目を見返した。そして、言った。


「神殿の中に入ってみたいです。この機会に、アスランディアについて知りたいんです。できるだけ多く」

「わかりました。行きましょう」


 アルスはすばやく立ち上がる。

 法衣の裾が階段をさらうのも気にせず、すたすたと上り始めた。その後に続きながら、セリスは声をかけた。


「旅人が神殿に滞在するのは可能でしょうか」

「もちろん。普段ここに滞在するのは主に信徒ですが、アスランディアはイクストゥーラの民を歓迎します」


 セリスは顔を上げた。

 この地におわす数多の神々。ひとびとが信仰を違えていることには、大きな意味がある。それはときに、深い断絶ともなるはずなのに。

 そうであるにも関わらず、アルスは月を太陽の(ともがら)であると認めた。

 振り返ってセリスに顔を向けてきたアルスは、紫水晶の瞳を細めて、笑って言った。


「私はずっと待っていたんですよ、月からの旅人を」


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