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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第三部】 熱砂の国の旅人
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紫の太陽(3)

 真っ白の法衣を気遣うつもりはさらさらない無造作な仕草で、アルスは階段にさっさと腰を下ろしてしまう。

 立ってくださいと言うこともできずに、セリスも少し離れた位置に座った。

 

 なかなか言葉は出ない。

 少しの間、青い空や、市場の賑わいを交互に見る。

 自分がいま何を考え、何に悩んでいたのか。


(アルザイ様の弱みについて。なんて、さすがに言えない。弱みがあれば、付け入ることもできるのかもしれないけど、ここまできたからには、アルザイ様とは建設的な会話をしたいと願っている。悩みは、もっと他に何か)


 考えに考えて、息を吐き出した。


「僕は、自分が何もできないのが嫌だったんです。とにかく、打って出なければ、動かなければ何も変えられないと信じていました。でも、弱くて頼りない人間が心のままに動くというのは、人を振り回すだけでもあって……効果を生むより、犠牲を出す恐れの方が」


「なるほど。そうですね、じっとしているよりは動いた方が気が紛れるけれど、あなたひとりの気が紛れたとしても、世界にはなんの影響もないということは、ありそうですね」


 いささか手厳しい言葉であったが、セリスは沈黙のまま頷いた。

 アルスはセリスを見つめてきて、不意にまなざしをやわらげた。


「他にも何かあるでしょう?」

「何か……」

「たとえば。恋、とか」


 セリスの視線の先で、アルスは紫水晶の瞳をきらりと光らせた。

 その様子を見ていたら、咄嗟に否定したり「そんな些末なことは」と言うこともできず、思ってもいないほど素直に言葉がこぼれ落ちた。


「僕には以前、すごく好きな人がいたんです。理由はよくわかりません。突き詰めると、わからないんです。どうして好きなのか。親切でしたし、大切にしてくれたと思います。でも、その人以外にも、僕を丁重に扱ってくれる人はきちんといました。それでも、そのひとに恋をしていると、思っていました。でも、その恋にはどれほどの意味があるのか。僕は一体、何をしているのか。ここにいていいのか」


 アルザイが月と戦争を始める気なら、止めなければと思ってここまで来た。ゼファードが動けない以上、自分が。王族の一員として。

 しかしセリスは、過去に存在した「予言の姫」イシスを模して造られた偽りの「幸福の姫君」である。アルザイにとって、セリスという人間にはなんの価値もない。忠告も嘆願も聞く意味が無い。

 それを知っていてもなお、無理をおしてここまで来たのは、おそらく目的がそれだけではなかったせいだ。


 会いたかった。

 熱砂の国に去ってしまった人に。

 それは恋との自覚がある。愚かで幼くて、どうしても手放せなかった恋心。


 アルスは、セリスの表情をじっと見ていた。セリスが唇を引き結んで長く沈んでいるのを見て、静かに話し始めた。


「離れている間に、あなたの気持ちはその人から離れたのでしょうか。それとも強くなったのでしょうか。いまもし迷いがあるとしたら、まっすぐにそのひとのことを好きとは言えない、障害があるのかもしれません。身分、立場、あるいは何かもっと別のもの。そういった何らかの不都合があり、自分の気持ちを殺してしまう。好きなのに好きじゃないと思い込もうとする。そういうときに、自分の気持がわからなくなることはあるでしょう」


 さらりとした指摘に、セリスは息を止める。

 まとわりつく不安。


(わたしとラムウィンドスは、血のつながった、兄妹かもしれない──)


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