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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第三部】 熱砂の国の旅人
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紫の太陽(1)

(走ってきてしまった)


 アーネストをけしかけて、その結果を見届けないまま、場を離れてきてしまった。


 ――恋とはどんなものかしら?


 そんなことを口走るライアが、自分のことをわがままというわりに、全然わがままに思えなくて、つい。

 つい。


(衝動で……ごめんなさい。一人になりたくて。こんな形ではぐれたら、アーネストに死ぬほど心配かけてしまうのはわかっていたのに。あの場にいられなかった)


 空を見上げて、心の底からアーネストに謝罪をする。

 綺麗な青が目に沁みた。


 黒装束の男たちは、ライアの護衛の命をとらぬように動いていた。ライア本人にも、今すぐひどいことをするとは思えない。アーネストに関しては、王宮に顔見知りがいるから、身元はすぐに割れる。その場合、絶対にその「顔見知り」が守ってくれる。と、信じている。ライアとアーネストは、おそらく安全だ。


 ただ、アーネストが「なぜイクストゥーラを出て、マズバルまで来たのか」を追求されたとき、正直に「セリスの護衛をしてきた」と経緯を打ち明けるかどうかに関しては、わからない。言うことによって、騒ぎが起きる可能性もあるからだ。

 しかし、話さなければセリスを探しに街へと出る口実がない。このままセリスを野に放っておくことになる。心配性で責任感の強いアーネストは、どちらに転ぶにしても絶対に胃を痛めているはずだ。


(ごめんなさい。ごめんなさい。だけど、こちらの算段が整う前にアルザイ様がわたしと会わないと判断してしまえば、すべての可能性が潰えてしまう。わたしはまだ、手ぶらで王宮に行くわけには。ライア様の存在が、こちらの打開策と確信できる状況にもなかったですし)


 セリスは溜息をついた。

 アルザイは、たとえセリスがここまで来たからといって、「努力を認めて会おう」と言ってくれる相手とは考えられない。もっと何か、交渉の材料が必要だ。


 セリスがアルザイに伝えられるのはただひとつ。

 ゼファードは戦争を望んでいないこと。アルザイと話し合う余地があるなら、話し合いたいと願っているということ。

 イクストゥーラは、砂漠の黒鷲からかなり無理筋の要求があっても、受け入れる心づもりはある。

 月が滅びるよりは。


(それを、月から正式の使者を出すのではなく、しかし確実に月の者である月の姫(わたし)自らの交渉でどうにかする……とはいっても。アルザイ様にお会いする前に、そのお気持ちだけでなく、月攻略を諦めるに足る、損得勘定に訴えかける何かを見つけなければ)


 交渉に使える情報を、ゼファードより与えられてはいる。だが、セリスがそれを話したところで、アルザイは聞く耳を持つだろうか。


 悩みながら、セリスは人の流れに乗り、市場(スーク)に向かった。

 オアシス都市に着いたら、最初に訪れるのは市場というのは旅の鉄則らしい。

 鉄則を外して前日から街中をうろついてしまったので、良い機会になったと、自分に言い聞かせながら。



 * * *



 楽の音が遠くから聞こえる。


 ひしめくように並んだ市場の露店の店先には、野菜や果実、香辛料、香油や宝石、絨毯、絹や毛皮、綿織物がずらりとどこまでも並ぶ。特徴を見て産地がわかるものがあれば、まったく想像がつかないものもある。色合いも強く、特に衣類や布は赤、青、黄、と強い日差しとあいまいって長く見ていると目がチカチカとしてきた。


 セリスは、喧噪と品物の間を、商人や旅人、職人や護衛兵と触れるほどの距離ですれ違い、呼び込みに何度もひきずられそうになりながら、ようやく市場のはずれの神殿までたどりついた。

 疲れ果てて、石段に腰をおろした。


(豊かだなぁ……)


 アルザイのマズバルが目指しているのは、隊商都市国家としての繁栄というのは明らかだ。

 目下、はるか西の「古き帝国」から、月の国よりさらに東の国への『中継地点』として、マズバルの地位確立が政策の要となっている。

 その中にあって、隊商の護衛につく者や交易路の安全に功のあった者は優遇される。

 全体として、軍事力の強化が目覚ましい。


(この環境で、ラムウィンドスには名を上げる機会が多かった)


 また、国家に税収入をもたらす貿易商人には特別な計らいがあり、小売り商人や手工業の職人も各種団体、組合、協会などを作るのが認められていて、活動が活発なものとなっている。

 都市を潤す地下水路の整備も、計画的に進められているとのこと。

 効果はめざましいようで、マズバルの市場はこれまで見たどのオアシスの隊商都市よりも賑わっていた。


 耳が、絶えず何かの音をとらえている。人の声、足音、金属のぶつかりあうような音、弦楽器の音色。かすかに歌声も聞こえてくる。

 市場はそれそのものが巨大な生き物のように蠢いていた。

 その狂騒めいた空気に身を浸し、空を見上げ、セリスは自分がいま本当に一人であることを自覚した。

 食べ物を煮炊きする煙や香り、甘い匂いも入り混じり、空気を吸うだけで異国が胸に押し寄せる。


「月の城下も、もっと見てくればよかったなぁ……」

「月?」


 呟いたそのとき、ふっと影が落ちて来た。

 耳に届いた声を、勘違いした。

 いるはずのない人の声に似ていて、違うとわかっていたのに、弾かれたように振り向いてしまう。


(ゼファード兄様……ッ)


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