乱戦を制する声
黒装束の「精鋭」に捕えられていた旅装束の男は三人。二人はすでに手を拘束されている。
友好的な話し合いによって連れられてきたわけではないのが知れる。黒装束の男は四人いたが、うち二人が今まさに最後の一人の手に縄をかけているところであった。
取り巻いている人々の反応は、困惑に満ちていた。
黒装束の男たちは、汚れの無い綺麗な格好で動作も洗練されている。おそらく王宮の正規兵なのだろうが、見た目は砂漠の無法者集団のようでもあり、妙な不気味さがある。
捕らえられている者たちと、どちらが危険な存在なのか判断に迷うところであった。
争いの気配を感じて、女たちは子どもをかばいながらじりじりと下がって行き、物見高い男たちが距離を保ちつつ見物している。
「どうなってるんだ! 警備兵を呼んでくれ!!」
ライアの護衛という、旅装束の男の一人が声を張り上げる。眉が真っ白で、顔には深いしわが刻まれており、老年にさしかかろうという男である。身なりも旅商人のそれだ。他の二人も、外見的には大差ない。
「なんだ……? 商売の揉め事か、仲間割れか?」
物見の男たちがぼそぼそと話している。何らかの掟破りにより、制裁を加えられるため、誰かの私兵に生け捕りにされた商人たちに、見えなくもない。「警備兵を呼んでくれ」と言うからには、この商人たちにとっては後ろ暗いところはないのではないか。
場が静かに混乱に包まれたそのとき、旅商人風の男が、鋭く腕をふりかざして、手を拘束しようとしていた黒装束の顔を手の甲でしたたかに打った。
続けざまに足払いをかけ、今一人を転倒させる。
一瞬の動きに呼応するように、群衆の中から若い男が一人飛び出して、ナイフを投げつつ、黒装束の男に切りかかった。
すぐさま応戦されていたが、最初の一人もまた立っていた黒装束に切りかかっている。その隙に、拘束されていた二人も投げられたナイフを器用に使って手の拘束を解こうとしていた。
彼らを助けるべく、ライアが飛び出した。
「危ないっ」
刃をからくもかわしたライアに肝を冷やし、咄嗟に走り出そうとしたセリスの肩を、アーネストが強く掴んで引き戻す。
セリスは顔を上げて、アーネストを厳しい目で見据えた。
「僕を止めましたね。それなら、アーネストが行ってください」
「わかっとる」
黒装束たちは初めこそ殺害の意図はなかったようだが、ライアの護衛が徹底抗戦の場合は、その限りではないかもしれない。護衛たちは、姿を見せたライアを守ろうとするだろうが、乱戦では安全の保証はない。
アーネストはセリスに対し、「安全な場所で待っててな」と言い残して身を翻した。
剣を抜き放ち、辺りを見回す。
ライアまで、ナイフを構えていた。黒装束が、ライアに剣を向ける。その瞬間を見極めて、アーネストが二人の間に身を割り込ませた。
「クッソ。お前ら全員ドアホウや」
背にライアをかばい、剣で剣を受ける。
「また新手か……!」
忌々しげに吐き捨てた黒装束を、アーネストは問答無用で剣で押し返した。
耳元で、青い耳飾りが揺れた。布で包み隠すこともなく、顔をさらしたアーネストを真正面から見て、黒装束の男は軽く息をのむ。凄絶な美貌。
「ちょっと今荒れてんで。『練習試合』で血ぃ見たらごめんな?」
言うなり、アーネストは切りかかる。黒装束の男も技量は高かったが、アーネストが気迫も剣技も上回っていた。
一人目を押し返し、剣の柄でしたたかに腹部を打ち付ける。
「どうして」
震える声で言ったライアに、肩越しに一瞬だけ視線を投げる。
「知らん」
ぶっきらぼうな一言。
その時、群衆の間から、硬質に澄んだ男の声が響いた。
「双方、剣をひけ」
声は、さして張り上げた様子もないのに、乾いた風にのってよく届いた。
集った人々が道を開ける。
声の主は、ゆっくりと歩いてきた。
頭部に巻いた白い布から、白金色の髪がのぞいている。首元にぴたりと添う襟の高いシャツ。上背があり、しなやかで姿勢の良い立ち姿で、端整な顔立ちをしていた。
アーネストは、頬が歪むのに耐えるように、ぐっと目に力を込める。
まなざしで射殺せるものなら、殺してやりたいくらいの相手がそこにいた。
懐かしさや、憧憬。恨みつらみ、私怨。
嫉妬。
顔を見ただけでぐちゃぐちゃに心が乱れていくのを悟り、振り払う方法は一つとばかりに、アーネストは明確な意志を持って、その相手に剣を向ける。
最初の一撃を当てるつもりで、切りかかった。
「このアホンダラ、どの面さらして……!」