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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第三部】 熱砂の国の旅人
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青の耳飾り

「過保護」


 朝食後、アーネストやセリスと共に、ぶらりと市中を一緒に歩き回った結果、ライアは断言した。


 セリスは一通り自分の身の回りのことはできるようだが、どうにも抜けている。食事中に考え事を始めては食べ物や飲み物をこぼしそうになるし、道を歩けば人にぶつかりそうになるし、物売りに声をかけられれば、ほいほい返事をしてしまう。

 その、妙な世間知らずっぷりを過剰に防衛しているのが、セリス以外には鉄壁の冷酷さを発揮するアーネストである。

 兄弟には見えないし、主従というには気安い仲のようだし、本人たちが言うように友人同士として考えた場合、アーネストの負う部分が大きすぎるようにライアには見えた。


 何より、アーネストがセリスに向けるまなざしが複雑な感情を含み過ぎている。


 特別な思いがあるのは間違いない。時折、瞳の奥に狂おしい情欲の気配を漂わせている。それを、ねじ伏せている。そして、過保護に徹しているのだ。

 そのアーネストに、セリスは全幅の信頼を置いているように見える。


(この二人、『相思相愛』ではないのね)


 アーネストから愛の囁きとしか思えないことを幾度となく言われても、セリスの反応が淡白すぎる。ライアから見て、アーネストはときに大胆に接しているのだが、いわゆる、脈なしという奴だった。

 天然だとしたら、空恐ろしいほどの片思い殺しである。


「忠犬ではなく、人間の男だって。本当に言いたいのはあの鈍感にでしょ?」


 セリスが一歩先を行き、付き従う形でアーネストと肩を並べたとき、ライアは声を低めて言った。


「うるさい奴やな」


 鬱陶しそうに睨み返されたが、瞳に覇気がない。


「ずっと二人で旅をしてきたのでしょう? 何故自分のものにしてしまわなかったの」


 ライアが重ねて言うと、アーネストは答えずに、小さく嘆息した。秀麗な横顔に、隠しきれない影が差す。

 砂漠を旅してきたせいか、顔は日に灼けていたが、それがともすると性別を超越した作り物めいた美貌をぐっと野性的に彩っている。冷たい群青の瞳に、少しだけ傷んだ蜜色の髪。明らかに訓練された軍人を思わせる引き締まった体つき、姿勢の良さ。

 勿体ない、としか言いようがない。

 どこにいても、自然と多くの目を惹きつけるだけの麗人なのに。

 前を行くセリスは、物珍しそうに路上に品物を並べる露天商の前にしゃがみこみ、話をしている。

 目を細めてその様子を眺めながら、アーネストは独り言のように言った。


「俺は、ただの鋼だ。一振りの剣でいい。意思なんて邪魔なだけや」

「あら。どう頑張ってもあなたは人間よ」


 煽れば、啖呵を切って言い返してくるだとうとライアは踏んでいたのに、アーネストは聞き取りにくいほどのごく弱い調子で答えた。


「……気付かせんといて」


 自分が、人間であることに。


(どういうこと? このひと、もう限界じゃない)


 呆れ果てて、ライアはアーネストの伏せられた顔を下から覗き込む。


「そんなに大事に大事に大事にして、結局そのうち誰かにとられちゃったらどうするの」


 アーネストは、口の端を釣り上げて笑った。だが、特に何も言い返してこない。調子が狂う。ライアは、好奇心に負けて重ねて尋ねた。


「セリスは、一体あなたの『何』なのよ……。男同士だから遠慮しているの?」


 ふいっと顔を逸らすと、明後日を見たまま、アーネストは訥々と言った。


「『何』なぁ……。必要とされなくなるその日まで、守り抜く相手やな。危なっかしくてかなわん」

「それはそうね。あのひとは、底知れないのよね。自暴自棄とは違うんだけど、何か大きな賭けに出ようとしている勝負師みたい」

「実際、そうかもしれんで。砂漠のお姫さんは本当に、俺らと一緒に来て大丈夫なんか」


 アーネストから尋ねられた。

 ライアは少しの間、口をぽかんと開いてしまった。


「もしかして……、私の心配をしてくれたの!?」

「は? 何言うてんの」

「いや、何もも何も何をって……え!? あなた、セリス以外の人も心配することできたの!?」

「なんや馬鹿にされてる気分なんやけど、面倒くさ。なんでもええわ」


 最後は、投げやりな捨て台詞だった。


(へえ~、心配したんだ。私のこと、心配したんだ。お人好しね!)


 妙に楽しい気分になって、ライアはセリスの方へと駆け寄る。露店には興味がなかったが、セリスとイチャイチャしてアーネストに見せつけてみようかと思ったのだ。我慢強い男らしいアーネストには、セリスが横からかっさわられる光景をそこで指をくわえて見ていろ、という気分である。

 ちょうどその時、露天商から何か買い求めたセリスが立ち上がる。


「アーネスト」


 名を呼びながら歩いてきて、アーネストに自分の掌にのせた何かを見せた。

 青い石を三角に削り出した耳飾りだった。


「何?」

「耳飾りだよ」


 戸惑うアーネストの手を持ち上げ、その掌にのせてセリスはにこりと笑った。


「アーネストの目の色に似あうと思って。耳に穴をあけないとつけられないみたいだけど。後で、その気になったら、つけてみて」

「なんで俺に、これを?」


 ぴんときていない様子でアーネストが食い下がるが、セリスは辺りを見回すように軽く視線をめぐらす。


「砂漠の人は、男の人も女の人も装飾品つけています。アーネストもどうかなって思って。きっと似合うよ」


 セリスの視線が、ライアの耳元もちらりと見る。そこには豪奢な赤い石の飾り。


「ああ、そう……」


 アーネストが何か堪えようとして堪えきれなかったような、押し殺した声で言った。ライアは「この片思い殺し」と呻いた。


(装飾品贈るのは、親愛の証じゃない。素でやってるの? 無知なの? これで、アーネストには脈なしだなんて、信じられない……!)


 はたで聞いていただけのライアも、何かものすごく消耗した。アーネストのことが深刻に心配になった。

 だが、伺うように視線を向けた先で、アーネストは耳飾りの鋭利な鉤の部分を止める間もなく耳たぶに突き刺した。続けて、もう片方も。

 両耳で青い石が揺れる。

 清潔感のある美貌に、その固く澄んだ色合いが実によく似合う。石は揺れるたびに、アーネストの顔を蠱惑的に妖しく彩った。


「いまつけちゃった。アーネスト、痛くなかったですか? 血が出ていませんか?」

「全然。こんな痛み、なんでもない。似合うてる?」


 見ている者を総毛立たせるような、ゾッとするほど凄絶な笑みを向けたアーネストだったが、セリスはその凄みに気付かなかったようだ。見つめ合うこともなく、何気ない様子でライアに顔を向けてきた。


「どうですか。僕は良いと思うんですけど」


(それ、本人に言ってあげなよ……!! あなたに聞いたんだってば、似合ってるって言われたいの!)


 異常な徒労を覚えて、ライアは溜息とともに言った。


「良いんじゃないかしら。耳飾り一つで、見違えたわ。もともと良い顔に、青が映えると思う」


 切なさで、心臓のあたりがじくじくと痛んだ。


(この二人は、旅の間、ずっとこうだったのかしら。アーネストの気持ちはセリスに通じる日は来るの?)


 他人事ながら気が気ではなかったが。

 ライアはそういった感傷を一度差し置いて、呼吸を整えてから口を開いた。


「やっぱり、あなたたち、どこか遠くから来たのね。()()()()から」


 セリスの言動から知れた事実を告げると、アーネストがわずかに警戒したのが伝わってきた。

 うっかりか、わざとなのかわからないが、セリスはこれまでに多くの情報をライアに与えている。意図的だとすれば「自分たちが何者か、わかった上でこの先ついて来るか」そう、問われているような気がした。


「私の考えが正しければ……、あなたたちも、かなりの訳ありよね。黒鷲とは……」


 慎重に言葉を選ぶと、セリスが目元に笑みを滲ませた。

 そして、何か言おうとした。

 それを邪魔したのは、近くで上がった女性の短い悲鳴。続いて、子どもたちが何事か騒いでいる。

 アーネストがセリスを抱き寄せるようにかばって、鋭く周囲に視線をすべらせる。


「あれ……」


 旅装束の男数人が、黒装束の男たちに引きずられて往来に集められていた。

 それを見て息をのんだライアだったが、視線を逸らさぬまま一歩後退し、二人に身を近づけてごく小さな声で言った。


「見覚えがある顔よ。私の護衛が捕まってるわ」

 


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