滅びの都
砂嵐の気まぐれにより、砂塵に沈んだ滅びの都市が、時折幻のように太陽の下にその姿を晒すことがある。
廃墟だ。
かつては、オアシス主要都市のマズバルやイルハンにも引けを取らぬ栄華を誇っていたはず。
今はただ瓦礫がうずたかく積まれ、吹きすさぶ砂に埋もれてしまった太陽の都。
幼少時に途絶えて夢のように霞んだ都市の面影を描きながら、青年はひとり砂の大地を歩き回る。
「水……」
もしこの地にかつてのような緑を茂らせようとしたのならば、まずは地下水路をひいてくることから考えなければならない。
(……故国の復興という大それた事業に着手したいという野望は、それほど大きくないのだが)
もはや人は住めぬと、打ち捨てられて枯れた土地をよみがえらせるのは、滅びにかかった時間の数倍数百倍を要するだろう。その苦難の道に、期待を寄せる人間がこの地上に今、どれくらいいるのだろうか。
休戦の誓いを破り、裏切りとともに苛烈に攻めてきた月と砂漠の軍勢は、都市の命綱たる数多の地下水路を破壊したのだ。
そして、太陽の国は壊滅した。
民草が根絶やしにされたわけではないが、多くは死に、生き延びた者も逃れた地ですでに生活を築いている。
あと十年もすれば世代交代し、旧き国を知る者は姿を消していくのだ。
その流れに逆らい、儚い希望を掲げて「太陽王国復興」に人を募ることに、どれほどの意味があるというのだろう。
水路を失ったことで不毛となった土地に費やす労力があるならば、今人が生きて暮らしている都市をより豊かにすることだけを考えるべきだ。青年は、そう考える。
東の砂漠には生きるための水を。
西の沙漠にはより豊かな生活のための水を。
その為の、地下水路を。
「滅ぼすのは容易くとも、その土地を蘇らせるのは困難を極める。人の住めぬ土地を作り出すくらいなら、他にやりようがあっただろう……」
現在、隊商都市の長アルザイが重要な政策としてかかげている地下水路事業であるが、莫大な人手と資金が投入されている。
地下水路の掘削自体は常にどこかで行われているので、歴史的な積み重ねはすでに相当ある。それでも、常に困難と隣合わせだ。困難そのものと言って良い。
工事をはじめるにあたり、まずはひとを遠方へ送り、地下水のありかを探らねばならない。地下水路は往々にして、山麓部から始めることになるが、砂漠からの道中は困難を極め、時に土地の者と戦闘ともなる。
さらに、砂漠とはまったく違う気候の中で、土の色や地面を覆う霧、自生する植物によって地下の水を探知する技術が必要になる。これには当然、その道に習熟した者が必要となる。
そして、測量。土地の高低の計測や正確な地図の作成など、すべきことは数限りなくある。
そのための優秀な人材の育成と外敵からの保護、必要な道具の考案と作成。
青年は、砂漠の主に仕える身となり、地下水路事業の指揮を任されたときに大まかな工程は頭に入れたが、途方もない手間がかかることが骨身にしみてわかった。「祖国の地に戻りたい」という感傷的な気持ちだけでは、何一つできることがない。
青年は、四方を見渡し、目を閉ざす。
目裏に浮かぶ、過ぎ去りし栄華の日々……。
再び目を開いたときには、表情を消し去っていた。
青年の主は、強大な砂漠の「黒鷲」である。彼は地下水路事業を押し進めながら、砂漠の諸都市に呼びかけを行い、ここにまとまりのある大きな国を作る夢を抱いている。
己が、砂漠の覇王となる、その未来を描いて突き進んでいるのだ。
その手駒になることを了承して、仕える身となった。
青年が帰るべき場所は、王の膝下。それ以外にない。
いつまでも滅びの都市で感傷に浸っている場合ではないと、青年は引き返そうとする。
そのとき、ふと勘が働いてゆっくりと首を巡らせた。
何かがひっかかった。
その「何か」を求めて、瓦礫の山へともう一度歩き出した。