黒鷲の婚約者(後編)
「父から言われた通りに、それが王族に生まれた者のつとめだからと、イルハンからマズバルにお引越しをして、政略結婚をして、黒鷲の子を産む……。正しい生き方は、つまらない。いっそこんな結婚話がなくなるように、黒鷲には表舞台から消えてほしいのよね。そういうことを企てている人間に、どうにかして出会いたくて」
だんだん声が小さくなるのは、アーネストが寒々しい態度をとっているからに違いない。果たして、言い終えたライアに向かって、アーネストは冷ややかに言った。
「浅はかやなぁ」
とりなしてあげたい気持ちはあったが、セリスにもどうにもできなかった。追い打ちのように、アーネストがもうひとこと、付け加える。
「王宮を飛び出すお姫さんってのは、どうしてこうも考えなしばっかりなんやろな」
「考えなしで飛び出しても、砂漠を生き延びているのなら立派ですよ」
セリスもまた「王宮を飛び出した姫」であり、自分も砂漠を踏破してきただけに、ライアの健闘を称えるつもりで言ってみたのだが、アーネストにもライアにも忌々しい顔をされただけであった。自分はこういうところが、どうもうまくないと落ち込みつつ、時間をかけていられないので話を続けた。
「ライア様が具体的にどうなさりたいのか、僕にはよくわかりません。あなたは今、護衛か監視がついているとはいえ、自由の身です。国に帰らなければ、どのような人生も歩めるのではありませんか。イルハンの王女ではなく、一介の旅人として。昨日僕たちに声をかけ、夜通し遊び、いまこうして食事を共にしているように。どうにでも、生きられるのではありませんか。自由を得たいまとなっては、アルザイ様にこだわる必要もないでしょう」
ライアは「監視がついているというのは、それが許されないことよ」と薄く笑った。
「父は、私が『何かをすること』を期待しているのよ。私が嫁ぐことで、イルハンがマズバルのものになるのが嫌なの。どうせなら、マズバルがイルハンに下るべきだと考えている。だから私を、ここへ向かわせた。黒鷲をどうにかしろ、やってみろ、と。でも……私の本音で言えば、砂漠の民同士で争うのが嫌。黒鷲が表舞台から消えるにしても、他の手段にしても……」
「それは、僕にもわかるように思います。つまり、ライア様がイルハンからの正式な花嫁としてアルザイ様の元へ行ってからでは、どうにもならないってことですよね? いまなら、黒鷲は王女の顔を知らないのですから、ライア様が何かをして失敗しても、イルハンは『それが王女ではない、無関係だ』で通せます。一方で、見事ライア様が何かを成し遂げた場合は、すかさずイルハンの手柄とする……いまなら、どうにでも動けるわけですね」
セリスはライアの言葉を追い、慎重に検討する。
ややして、ひとり、頷いた。
「僕たちは協力し合えると思います。僕たちの目的をお話します。アルザイ様に戦争そのものを思いとどまらせること。その、最終目的であるイクストゥーラとの戦争が回避できれば、イルハンをおさえる必要性も薄くなるでしょう。少なくとも向こう数年は。というわけで、お願いです。ライア様が、僕たちに協力をしてください」
強く言い切ったセリスを、ライアは推し量るような目で見ていた。