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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第三部】 熱砂の国の旅人
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黒鷲の婚約者(前編)

「眠い、です」


 騒然とした朝の食堂で、豆入りのスープを一口飲み、セリスがくぐもった声で呟いた。顔色は冴えない。


「眠いわ」


 同じく悄然とした様子で、ライアも呟く。

 見かねたアーネストが言った。


「ミント水持ってくるから、待っててな。二人ともひどい顔しとるで」


 さっと立って、給仕を探しに行く。

 その後ろ姿にちらりと目を向けて、ライアは重い溜息をついた。


「ほんっと、一言多いのよねあの男。あの顔と比べたら、たいていの人間の顔はだめじゃない」

「比べているつもりはないと思います。見たままを言ってるんですよ。僕もあなたもひどい顔です」

「そう……。あなたもあなたでいい性格してるわよね」


 香辛料のきいた炒め野菜を挟んだ薄焼きパンを食べつつ、ライアは力なく笑った。


 * * *


 時を遡ること前の晩。

 セリスとアーネストが部屋を訪れると、ライアはまるで待ち構えていたかのように歓迎してくれた。

 そして、夜空の星ならば露台から見えるから、マズバルの夜風に吹かれながら盤遊びをしよう、と言い出したのである。


「やったことないんですけど、僕にできるかな。教えていただけますか」


 セリスが、その誘いを受けた。

 結果として、二人は夜通し戦い続けることとなった。


 はじめのうちは賽子の振り方から駒の動かし方、簡単な戦略を説明しつつも、しっかり勝ちを持って行っていたライアであったが、コツを飲み込んでセリスが一勝を上げてからは、互いに退くにひけない意地の張り合いとなった。星空など見る暇がなかった。

 二人の横で、アーネストは膝を抱えて寝ていた。空が白む頃には、絨毯の上でしどけなく寝そべっていて、長旅の疲れが出ているなあ、とセリスは申し訳なく思った。そこで一度、意識が途絶えている。

 ライアもまた、盤に突っ伏して、寝てしまっていたらしい。


 セリスが次に気がついたときには、すっきりと身支度を整えたアーネストが横に立っていて「朝ご飯の時間やで」と爽やかに声をかけてきた。セリスは、アーネストを揺り起こして、「おなかがすいているなら、一緒に食べましょう」と誘って、食堂へと足を運んだのである。

 それにしても、眠い。


「遊技盤って、本性が出ると思うの。あなたは気が強いというか、負けず嫌いよねー……」

「そうなんですかね。考えたこともなかったですけど」


 ライアの指摘に、セリスが匙を持つ手を止める。

 そもそも「人と争う」環境になかったので考える機会はなかったが、剣の練習は国を出る前からそれなりにしつこくしてきたので、言われてみれば思い当たる節はなくもない。

 剣を、最後の瞬間まで敵に向けていられる強さが、ほしかった。


(かなうことなら、誰かから守られるのではなく、助けを必要としている誰かを、守りたいと思っていた)


 頼りない子どもである自分を許せない気持ちは、胸の奥で燻り続けている。


「私は、子どもの頃からずっと人間の強さについて考えてきたわ。自分が弱いと思われるのは、絶対に嫌なの。誰かに、思い通りにできると思われるのも嫌。結婚なんてその最たるものよ。勝手に向こうから『あれにする』って言われて『はい、わかりました』なんて言えるわけがないじゃない。本当にむかつくわ。女をなんだと思っているのかしら、黒鷲(アルザイ)は」


 パンを齧る合間に、ライアが強い口調で言う。


「イルハン王は、どうお考えなんですか」


 セリスの問いに、ライアはつまらなそうに息を吐き出した。


「腹で何を考えているかわからない男よ。娘だからといって、その心がわかるわけがないわ。ただ、私が『望まぬ縁談につき、自分で解消してきます』と言ったら、止めないで送り出してくれたの。おそらく、私にはそれなりの護衛がついているはずだけど。業腹だけど、父上から黒鷲にも、すでに連絡がいっているのかもしれないわ。『花嫁が向かったぞ』なんてね」


 自分で言っておいて、ライアはうんざりとした顔になって目を閉ざした。


「なるほど……。あなたは、冷静ですね」


 セリスは、感心して賛辞を口にした。

 遊技盤で、一晩中戦い抜いた甲斐があったかもしれない。ライアの話しぶりはずいぶん砕けたものとなっており、心を開いてくれているのを感じる。嘘を言っているようにも、見えない。


「父の掌の上で踊るのは、慣れているの。でも、踊りたくて踊っていると思われるのは心外よ。いつかサソリのように刺してやりたいほどには、怒りがある」


 セリスは、目の前の王女殿下をぶしつけなほどまじまじと見てしまった。


「あなたのような方は、黒鷲にお似合いなのではないですか」


 怒られるかと思ったが、ライアは挑むようなまなざしで、笑っただけだった。


「馬鹿なことを言うのなら、首を刎ねるわよ」


 そのとき、テーブルの上に涼やかなミント水を満たした素焼きのコップが置かれた。


「なんや、誰の首を刎ねるって」

「来たわね、忠犬」

「俺は人間の男や。覚えられんようやから、親切に何回も教えてやるけどな。人間、わかる?」


 アーネストは、セリスには手ずからコップを渡す。「落とさんといて、気を付けてな」と優しい声掛けをしつつ。

 受け取りつつ、セリスはふとライアが唇をかみしめているのに気づいた。


(やっぱり、何かありますよね、ライア姫……)


 アーネストに対しての当たりが、セリスよりも明らかに強い。

 ライアが気の強い性格であるのを差し置いても、セリスにはさほど理不尽な意地悪を言わないのに対し、アーネストにはすぐに食ってかかる。

 まるで、それ以外話しかけ方を知らないみたいに。そんなわけがないのに。

 どうしてライアは、アーネストを前にすると、素直でなくなってしまうんだろう? と不思議に思ったところで、コップを持つ手をアーネストに掴まれた。


「傾いてんで。こぼすわ」


 隣に腰を下ろしたアーネストが、セリスの手に手を重ねていまにも中身をこぼしそうに傾いていたコップをおさえていた。


「ごめんなさい、ぼーっとしてました」

「ムキになって遊びすぎや。寝ておけばいいものを」

「面白かったので、つい。ああいう遊び、今まで誰も誘ってくれたこと、なかったから」


 素直に答えると、アーネストが目を細めて、かすかに口の端に笑みを浮かべた。


「そんなに好きなら、次は俺が相手してもええんやで」

「アーネスト、できるの!?」

「そら、一通りは」


 なんでもないことのように言われて、セリスは驚きに目を見開いた。


「あなた、昨日ぜんっぜん興味ないふりしてたじゃない」


 すかさず、ぶすっとした表情のライアが横から口を挟んでくる。

 アーネストは、眉間に皺を寄せて冷たい口調で返した。


「興味ないのは遊技盤やのうて、人のほう」


 視線の先には、ライア。「お前と遊ぶ気がないだけ」と、皆まで言わないのは優しさなのか、嫌味なのか。

 すげなくあしらわれて、ライアはテーブルの上で拳をぎゅっと握りしめる。

 アーネストは、ライアを言い負かしたことなどすぐに忘れたように、目の前の絨毯に置かれた皿から薄焼きパンを取り、小鉢の前菜をのせてくるくると巻きつつ、切り出した。


「それで、自称黒鷲の婚約者。黒鷲(オッサン)に吠え面かかすって話は、どないなったんや」


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✼2024.9.13発売✼
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