新月の夜に星は降り注ぐ(後編)
「……僕が悪かったです。ごめんなさい」
セリスは、がっくりと首を垂れる。
自分がアーネストに何を「無理強い」しそうになったかは、痛いほどわかってしまった。これではまるで、ライアと閨をともにしろ、と言ったに等しい。
国を出てきたいま、セリスとアーネストの間には、主従と呼べる関係が残っているかすらわからないのだ。命令する権限など、ない。
アーネストを、つまらないことで傷つけてしまった。セリスは激しい後悔に襲われた。
「反省しとる?」
問われて、セリスは頷いた。今更ながら、膝ががくがくと震えだして、座り込みそうになったが、差し出されたアーネストの腕に腰を支えられた。
「なに、震えてんの。俺が怖い?」
「自分がしようとしたことが恐ろしくて、と言うのはずるいかと思いますが」
(吐きそう)
アーネストが、笑った気配が伝わってきた。
顔を合わせないまま、アーネストが耳元に唇を寄せてくる。低い声でそっと囁かれる。
「怖いゆう感覚、ちゃんとあるやん」
アーネストの腕から解放されて、セリスは震えのおさまった足で床を踏みしめる。
空気を変えるか為か、アーネストは腕を高く伸ばして、肩をほぐすように首を軽くまわした。
「なんや、寝る気もなくなったし。星見に行こうか。月の国では別に新月は不吉でもなんでもないしな。何度でも生まれ変わる月の象徴や。大体、手を伸ばしてもどうにもできんのが月やっちゅうのに、砂漠の奴らはよくも好きに言うもんやな。せいぜい、届かぬ空に向かって吠えてればいいわ」
いつも通りの口と態度の悪さを戻したアーネストに、セリスは目の端に勝手に浮かんできていた涙を急いで拭った。
「空に輝く太陽を落としたから、いい気になってるのでしょう」
「それかて、思い込みやわ。太陽はいまも、ぜんっぜん死に絶えてなかったやろ。ピンピンしてたわ」
誰かを思い描いたようで、アーネストは憎々しげに吐き出すと、荒い仕草で頬にかかった蜜色の髪を払った。
「さっさと星を見て、寝るで。行こう。姫さんは、念のため顔を隠してな。その綺麗な顔、誰に見初められるかわからん」
何やら妙にやる気になっているアーネストにつられて、セリスは寝台まで引き返し、置いてあった布で顔の半分を覆う。
「アーネスト。さっき僕のいったこと、気にしてます?」
「どれや」
「ライアが夜這いにくるかも、て言ったの」
「…………………………アホンダラやな」
やや長い沈黙の末、独り言のような、誰宛かよくわからない罵りを口にされ、セリスは首を傾げた。
「アホンダラというのは、もしかして僕ですか?」
「知らん」
こういう頑なな物言いをするときのアーネストは、追及するとどんどんへそを曲げてしまう。さすがにそれは長旅の相棒としてわかっているセリスは、話を切り上げて、ドアの前で待つアーネストに歩み寄る。
そして、一つ提案した。
「アホンダラついでにねぼけたこと言いますけど、やっぱり星見には、ライアも誘いませんか。時間が惜しいです、僕達は親交を深めるべきだと思います」