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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第三部】 熱砂の国の旅人
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新月の夜に星は降り注ぐ(前編)

 ――砂漠で綺麗な星空を見たいなら、新月の夜が良い。

 ――無粋な月光は、輝く星を霞ませ、弱き星の光を打ち消してしまう。

 ――月の無い夜はすべての星を優しく抱くだろう。


 オアシスの主要都市では、最近その言葉がまことしやかに語られている。


 アーネストと二人で月の国を発ち、マズバルまでの道中、セリスは幾度となく耳にした。砂漠の民が、今さら星空の価値を再発見したわけではない、というのはさすがにわかる。


(イクストゥーラ)を亡き者にせよ……という意味ですね)


 開戦の機運が高まっているのを、肌で感じた。

 それこそが、ゼファードがセリスを国外へ出した理由であったと、セリスは気づいている。まもなく月は、落とされる。


「ライアの出身、オアシス都市イルハンは、マズバルまでの道中に立ち寄りましたね。アスランディアの滅亡の折、多くの移民を引き受けたという、かなり大きな都市でした」


 セリスたちは、ライアとともに宿へと入り、一度別々の部屋へと別れた。

 宿の費用はライアが出すと言い張り、中でも上等の部屋を二つおさえたので、セリスとアーネストは湯を使って旅の汚れを落とした。セリスは、久しぶりの寝台の上で手足を伸ばして(くつろ)ぎながら、アーネストへと声をかける。

 アーネストは緩やかなシャツに下穿きといった服装で床に敷かれた絨毯の上に座していた。寝台からほどよく距離が開いているので、セリスからはそのうつくしい横顔がよく見えた。


「イルハンは、連合の盟主となった砂漠の黒鷲(オッサン)に膝を折っとらん。イクストゥーラ攻略の要衝となり得るにも関わらず、やね」


「油断ならない相手を背にするのは、アルザイ様にとっても頭の痛いところでしょうか。来る戦の大義名分は、さしずめ『アスランディアの復讐戦』ですよね。イルハンに暮らしている、旧アスランディアの民の支持は、連合としてはぜひとも欲しい。アルザイ様が、イルハンの王女と政略結婚するというのは、妥当な線かと思います」


 セリスは、飾り気のない長衣を帯で締め、下穿きを履いたただけの簡単な服装であるが、銀の髪は肩の上で切ってしまっており、長旅の間に細い身体はさらに引き締まっていて、少女らしさは乏しい。そちらへ、視線を向けないようにしているようにアーネストは遠くを見て、呟く。


「王女様が、そうそう出歩くような距離やないんやけどな」

「あの、僕は歩きました」

「姫様には、俺がついとる」


 精巧な作り物のような美貌をセリスへと向けて、アーネストが低い声で告げる。セリスはアーネストと視線を絡ませて、にこりと笑った。


「どちらにせよ、僕たちはあの話には乗った方がいいと思います」

 

 アーネストは「はぁ」と暗澹たる溜息をもらした。絨毯に身を投げ出し、腕で目を覆いながらぼやく。


「あ~あ。いじらしいお姫さんはどこに行ってしまったんや……」

「物知らずの『離宮の姫』なら、なんの役にも立たないから、死んでしまったんだと思います」


 セリスは笑みを崩さぬまま、何食わぬ様子で言う。

 わずかに腕をずらして、視線を投げたアーネストが、低い声で言った。


「王族のことはようわからん。『予言の姫』は、()()の役に立つ存在なんやろうなってことくらいはわかる。けど、役に立つから気にかけているだけやない人も、おったで……」


 そのまま、黙ってしまったので、セリスは音もなく立ち上がり、サンダルをつっかけるとドアへと足を向ける。

 歴戦の剣士とも思えぬのっそりとした仕草でアーネストは身体を起こした。顔はまだ、どことなく不貞腐れている。


「どこへ」

「星を見に、外へ。今日は新月だよ、無数の星々が煌く夜だ。『月なき世界』を、ぜひ見ておこう」


 セリスの物言いに、露悪的な気配を感じ取ったアーネストは、押し殺した声で言った。


「あんな、姫様一人にはできん」

「僕がアーネストを一人にしてあげたいんだ。ライアが、夜這いの機会をうかがっていると思いませんか」

「まさか、やな」


 互いに癇に障る相手である。

 ライアとて、アーネストに対する感情はすでに最悪のはずだ。


「そうかな。イルハンの王女という話がどれだけ信ぴょう性があるかはわからないけど、声をかけてきた以上、何かしらの目的があるのは確かでしょう。その辺、うまく聞きだしてみませんか?」

「俺が?」

「閨に入れば、僕は男ではないのがバレます」

「本当に本当の本気で、俺にあの女を色仕掛けで探れって言っとる?」


 距離を詰めたせいで、互いの身体から立ち上るほんのりとした薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。同じ石鹸を使ったはずだが、それぞれの熱とまじって趣を変え、甘く香っていた。 

 アーネストがさらに進んで、セリスの背がドアにあたる。

 吐息さえもかかりそうな近さ。

 セリスはアーネストを見上げた。目が合った。アーネストは、眉根を寄せていたが、表情はなかった。

 鋭く、硬質でいて、獣めいた「男」そのものの目をしていた。


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