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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【間章】 もう一つの別れ
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月での日々に終わりを

 アルザイにしがみつく腕に力をこめながら、ゼファードは囁く。


「……やはり、あなたは迷わないんですね。私を、この国を滅ぼすことを」

「旗印にすべく、何年も前から偽の『幸福の姫君』を仕立ててまで戦争の準備をしているような国だ。背中を見せたらこっちがやられる」

「次の戦争には、すべての犠牲を背負って倒れるアスランディアもいないことですし、ね。太陽は、後ろから刺されてとっくに死んでしまいましたから」


 ゼファードは、ゆっくりと顔を上げてアルザイを見上げて、にこりと微笑む。

 太陽(アスランディア)は死んだ。


「めざましい勢いがあったはずのあの国は、皆の見ている前で裏切りによって命を落とし、あっという間に熱砂にさらされて廃墟になりましたから。故郷を失ったひとびとは、散り散りに逃げ延びたわけですが……ラムウィンドスも」


 ふう、とアルザイは大きく息を吐きだした。


「かつて太陽の国に嫁いだ『幸福の姫君』イシス様は、本物だった。だが、セリスは違うだろ。いっそ気の毒なくらい、普通の姫だ。それでいて、敏い。情報から隔離して、過去を知らせずあんな育て方をしたのに、自分が『選ばれた特別な人間ではない』ことに勘付いている」

「本当の『幸福の姫君』は、()()大戦の時代に現れ、すでに亡くなっています。でもあの方は本物だったから、伝説の残滓はまだそこかしこにある。それで十分なんです。要は()()戦争のとき、兵たちにこの国には『幸福の姫君』がついていると思わせることが出来れば良い」


 アルザイはゼファードの腕を力任せに外すと立ち上がった。

 頬を歪めるように笑い、陽気な調子で言う。


「考えてみたことはないのか? 月の娘(イクストゥーラ)太陽の息子(アスランディア)の手をとる。それが一番自然だと。イシスがアスランディアを選んだように」

「絶対嫌だ。冗談ではない。セリスは()()()になんかやらない。それに叔母上……イシス様は、アスランディアを選びながら、棄てたんですよ……!」


 身体を起こし、床に座ったままソファに寄りかかったゼファードは、目を細めて立ちはだかるアルザイを睨みつける。

 おお怖い、とアルザイが空々しいことを言った。


「わかった。国の都合によって、戦勝国の王子と敗戦国の王族として引き裂かれたお前らが、いまでも親友でお互いのことが大好きなのはよくわかった」

「殿下は何もわかっていない。私があいつを好きなのではなく、あいつに我が妹姫を渡す気がないだけです」

「わかったから、とりあえずお前はその髪をいい加減なんとかしろ。銀の髪はイクストゥーラの王には必要だ。それに、そもそもあいつはもう気にしていない。姫の銀の髪を見ても、月の国やイシス様への怒りや憎悪を押さえていられる。拘ってるのはお前だけだ」


 ゼファードは苛々とした仕草で髪をかきむしった。そして、聞こえよがしな舌打ちをしてから立ち上がった。


「忠告、受け取っておきましょう。たしかに、この髪は染め続けたせいで、だいぶ傷んでいますから」


 頬に落ちてきた髪を指でつまみ上げ、ゼファードが呟く。「全部抜けるんじゃないか?」とアルザイが茶々を入れると「黙ってください」と不機嫌そうに言い返した。

 アルザイは、目を細めてゼファードを見つめた。


「セリス姫の、麗しの銀髪がまぶしいよな。お前も染めてなければ、それは見事な月の息子だっただろうに。いまでは抜け毛におびえて」

「うるさい。怯えてなどいません」


 切り捨てるように言ってから、ゼファードはソファに腰を下ろした。

 高杯を引っつかむと、目を瞑って飲み干す。アルザイは口元に笑みを浮かべてそれを見下ろした。そのままドアに足を向ける。

 数歩進んでから、引き返してきた。


「ゼファード。面倒を見てやるのも、これで最後だぞ」


 呟いて、ゼファードの手からグラスを取ると、崩れ落ちそうな身体を抱き上げた。今度はぐずぐずと喋りだす様子もない。

 寝台に向かい、横たえて靴を脱がせる。完全に寝てしまっているのを確認してから踵を返した。ばりばりと頭をかいてから、ほとんど手付かずの酒瓶を渋い顔で眺める。やがて一人呟いた。


「そういうわけなんだよ」


 ドアが音もなく開き、銀の髪を揺らしたセリスが顔を出した。

 顔色はひどく悪かったが、アルザイを見つめる目の光はかつてないほどに強かった。

 眠るゼファードをちらりと見てから、アルザイへと視線を向ける。


「本当の『幸福の姫君』はもう亡くなっていて、わたしは選ばれた者ではない。……でも、イクストゥーラは『幸福の姫君』を必要としている。これから起きる、戦争のため。そのために、わたしという存在が、()()()()()という意味でしょうか」

「そのとおりだ」

「そして、アルザイ様はラムウィンドスを連れていく……どこか遠くへ。戦火の渦巻く地へと」

「別れは済ませたか」


 思いがけないほどに、アルザイの声は優しく夜気に溶けた。

 セリスは、自分の選んだ男を連れ去ろうとしているアルザイへと強い視線を向けて「はい」とだけ答えた。




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